逃げる女①


 「それじゃ、俺達はエリアに出てくる」


碧子と一緒に世界樹の家の玄関に立つと、ヒロカ、アカネ、キャンディが見送りに出てくれた。


「いってらっしゃい」

「周囲には気をつけろよ」


ここ数日は警戒けいかいしていたイクリプスからの嫌がらせなどもなく、一見平和にいつも通りの日々を送っていた。


しかし、油断は禁物だ。


あいつらに目をつけられた以上、どこで何をされるか分からない。


一応この家はトリアエズの町の皆やタイカさん達が気にかけてくれるというが、自分達で自衛することを本格的に考えないといけない。


キャンディは、あのイベントの日からどこか元気がなかった。


正確には、イクリプスのせいで迫害はくがいされていたと俺達に知られた時から。


「どうした、腹でも痛いのか?」


今日もうつむき加減のキャンディの頭をワシワシと撫でると


「うるさいっ」


思いのほか強いキックが飛んできた。痛い。


こいつ、人が心配してやってれば……。


と思わないでもないが、まあ これくらいの元気があれば大丈夫だろう。


「じゃ、いってきます」


ミドリコは青色の刀、俺は紫石の木杖と、いつもの武器を持って家を出た。



 「そういえば、ポイントは何と交換したんだ?」


レベル6エリアへ向かう道すがら、俺は隣を歩くミドリコに尋ねた。


例のイベントでゲットしたクダラノ1000ポイント。


うちは5人いるので仲良く200ポイントづつ分けることにして、イクリプスの奴等が狙っていることもあり早めに交換してしまおうとなった。


「うーん、内緒」


珍しくウキウキとした様子でミドリコが答える。


そう言われると気になる。


「水属性の高難易度魔法か? それとも限定の衣装とか」


あたりをつけて聞いてみるが、その口元は小さく笑うだけで教えてくれない。


彼女が欲しがりそうなものといえば、何だろう……。


あれこれと考えながら、レベル6エリアと書かれた道標の方角に曲がろうとした時だった。


「てめえっ、逃げてんじゃねえぞ」

「捕まえろ!」


四つまたになっている分かれ道の後方から、そんな穏やかでない怒号が聞こえてくる。


思わず振り返った俺達が見たのは、こちらに全力疾走して来る若い女性と、その後ろを走るガラの悪そうな男達の姿だった。


「あれって」

「ああ」


ミドリコの声に俺も頷き、念のため木杖を握りしめる。


どう見ても、逃げる女を大人数の男達が追いかける よろしくない図。


「た、助けてくださいっ」


やがて俺達に気づいたのか、道の交差地まで辿り着いたその女性は息も絶え絶えに助けを求めてきた。


20代中盤くらいの、金髪にグリーンの瞳の女性アバター。


コスチュームはシンプルな中華風、さらけ出した腕や脚にはがっしりした筋肉がついており、見たところ典型的な女性武闘家といったところだ。


「大丈夫ですか?」

「わ、わ、悪い人達に追われてて……っ」


しかし、その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの見た目に反して性格はかなり弱気らしい。


今もミドリコの肩にすがりつき、ウルウルと大粒の涙を目に浮かべている。


まあ、こうなったら成り行きだ。


「おい、てめえら。その女を渡せ」


俺達の前で立ち止まった男達は、テンプレート通りのセリフを吐いた。


「嫌がってるだろ。事情は知らないがやめておけよ」


とりあえず俺もテンプレ回答で対応してみる。


「関係ねえなら黙ってろよ!」

「俺達を誰だと思ってんだ、ああ?」


こういう聞き方をするからには、どうせイクリプスの連中じゃなかろうか。


「あのイクリプスのメンバーだぞ」


やっぱり当たった。


「分かったら、さっさとその女を置いて消えろ」

「今なら許してやるぜ」


そんな言葉で威嚇いかくをされ、武闘家風の女性はミドリコの後ろで更にガタガタと震えている。


「悪いけど」


俺が杖を握り直したのを見て、ミドリコも小さく頷く。


相手のレベルは10前後。


本来なら格上の相手だが、ここで引いたらこの女性がどうなるか分かったものじゃない。


「ジブール!」


先手必勝と、ミドリコが新しく取得した魔法を高らかに唱えあげた。


「うおっ!」


霧雨のような水魔法が男達へ頭上から降り注ぐ。


この呪文は派手だが攻撃性は低く、もっぱら撹乱かくらんやこけおどしに使われることが多い。


「くそっ」

「いきなり卑怯だぞ」


向こうはわめいているが、相手がイクリプスなら まあ許されるだろう。


「行こうっ」


奴等の身動きが取れない隙をつき、ミドリコが女性の手を取る。


「は、はい」


つられてその大柄の体も駆け出すが


「おっと、逃がしはしねえぜ」


俺達が引き返そうと足を向けた道の先からも、進路を塞ぐように別の男共が現れた。


他にも森の中からゾロゾロと人影が姿を見せ、既に相当の数が俺達を包囲しているようであった。


こんなに人数をかけるなんて、それだけ この女性を取り返したいのだろうか。

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