自室会談

姉貴 ― 亜渦流あかる ― は俺よりも10歳ほど年上。


行動的で明るく、誰からもしっかり者とめられる性格だ。


母さんがいなくなった家の中で、落ち込む俺や親父を励まし支え続けてくれた。


彼女がいなかったら、残された家族がどうなっていたか分からない。


それは、本当に感謝している。


しかし、幼い頃から甘ったれで泣き虫の俺と、そんなパワフルな姉貴。


どのような力関係だったかは、言わずもがなだろう。


 「あ」

「あ」


俺は色々と間が悪い。


普段は1ヵ月に1度 顔を合わすか合わさないかだというのに。


「……あ、亜汰流が女の子つれてきたー-!!」


こんな日に限って、玄関を開けた先に姉貴はいた。



 「ごめんねー、散らかってて。普段からこいつに掃除しろって言ってあるんだけど」


いらないと言ったのに、俺の部屋に勝手に飲み物を運んできた亜渦流が廣花と茜ににこやかに話しかけている。


「いえ、急にお邪魔しちゃってすみません」

「何にもないけど、ゆっくりしていってね」


お互いに猫をかぶった会話にゾワゾワと鳥肌がたつ。


お前ら、普段はそんなキャラじゃないだろ。


「けど、亜汰流がこんな可愛い子達と友達だなんて信じられないわー。ほら私もだけど この子、根暗っていうか陰キャでしょ?」


どうせ言われると思っていたセリフだったので俺は黙って緑茶を飲んでいた。


「そんなことないですよー。お姉さん綺麗でビックリしました」

「もう、アラサーをからかわないでよー」


延々と続く女達の生産性のない会話が途切れたところで、俺は立ち上がった。


「用が済んだら出てってくれ」


お盆を持ったままの姉の体を強引に部屋の外へと押しやる。


これ以上ここにいられたら、絶対に余計なことまで喋られそうだ。


「せっかく女子トークしてたのに」


と文句をたれるが、だからお前はアラサーだろう。


「あ、もしかして、これから皆であのゲームやるの? クダラノだっけ?」


あと少しでドアを閉められるというところで、一番言って欲しくない言葉を姉貴は口にした。


「あ、はい。クダラノについても相談しようかなーって」


やはり、茜は俺とその話がしたかったらしい。


「そうなんだ。一緒に遊べる友達が出来て良かったね、亜汰流」

「分かったから、早く出てけ」


まだ何か言っている体を追い出してドアを閉めると、やっと俺は安心することが出来た。


亜渦流は俺がクダラノをプレイしていることは勿論 知っている。


獲得した賞金の管理などもしてくれていて、そのお陰で色々助かっているのは事実だ。


けれど、姉が知っている俺は昔からクダラノにいるアマテラスであって、廣花と茜が知る初心者のアタルではない。


このまま喋っていたら会話がみ合わなくなり、ひいては俺のついていた嘘がバレてしまう。


亜渦流との接触は極力避けなければならなかった。


「あんな美人のお姉さんがいたなんて、知らなかった」


部屋の中に戻り床に腰を下ろした俺を、緑茶のカップを持った廣花が意外そうな顔で見た。


「まあ、普段は全然会話とかもしないし」


年が離れた姉弟なんてそんなものだろう。


こいつらが帰ったら、姉貴に色々と言い含めておかなければならないなと思った。


「それより、クダラノのことで話があるんだろ?」


俺の部屋にはテーブル類がないので、直接フローリングの上に胡坐あぐらをかきながら2人へと話題を向ける。


「……うん」


顔を見合わせた後、先に口を開いたのは茜だった。


「昨日のイクリプスの奴等との件だけど、うちも廣花も碧子もクダラノをやめたくない。それを亜汰流にちゃんと伝えようと思って」


普段の彼女らしくない落ち着いた声が、それが真剣な思いであることを物語っていた。


「もしかして亜汰流は、私達のためにログインするのをやめようって言うかもしれない。けど、それは嫌なの」


続いて廣花に言われ、俺は頷く。


「イクリプスの脅しには屈したくないってことか?」

「一方的に無理なこと言われて断ったら攻撃するとか、そんな馬鹿な話あるかよ」


いきどおる茜の気持ちは俺だって痛いほど分かる。


「だが、クダラノには警察も裁判所もない。俺達が生きてる法治国家とは違い、ある程度の不条理は通ってしまう場所でもある」


イクリプスに入っている連中だって、普段は法律と秩序を守って平凡に暮らしている人間がほとんどのはずだ。


それが、何かのきっかけさえあれば簡単にかがが外れ外道なことが平気で出来てしまうようになる。


仮想現実世界とは、そういった危険も大いにはらんでいる。


「それは、そうだけど……」

「けど、それも覚悟のうえって言ってくれるなら」


下を向きかけた2人に、俺は明るい声を出した。


「え?」


「皆で力を合わせて戦おう。キャンディの分もやり返してやらないとだしな」


そう言い切ると、みるみる廣花と茜の顔は笑顔になっていった。


「そうだ、あんな奴等に負けられるか」

「そうそう。無理って思ったら、その時点でゲームやめればいいんだし」


そんな光景に、思わず頬がほころんでしまうのが分かる。


俺自身、どうしてこんな前向きな気持ちでいるのか正直分からなかった。


ただ1度使うだけの捨て垢だったつもりなのに。


けれど、今はアタルとしてやれるところまで このメンバーで頑張ってみたいと心から思う。


廣花の言うように、いつやめたって良い たかがゲーム。


けれど、それだけでは言い表せない何かを与えてくれる されどゲームでもある。


見上げた窓の外の空に、夏が近づいてきていた。


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