ラブレター


 翌日の朝、学校に登校して下駄箱を開けると俺の上履きの上に白い封筒が置かれていた。


『間瀬くんへ。実は皆には内緒でお話ししたいことがあります。今日の放課後、一緒に帰りましょう。』


可愛い文字で記された手紙の内容は上記の通り。差出人は不明。


……今どき、なんて古典的な。


下駄箱のふたを閉めながら、俺はため息をついた。


 「おい、あかね」


教室に入るなり、いつものように机の上に腰かけている姿を呼びつけた。


「ん?」


今日も派手なメイクの顔が笑いをこらえながら こちらを振り返る。


そして今日もスカートが短い。あんな丈で中が見えてしまわないのか、他人事ながら心配になる。


「お前だろ、これ」


下駄箱から持ってきた白い封筒をその目の前に見せつけた。


「えー、何のこと?」


当然のようにあかねはとぼけるが、その反応が既に自白しているようなもの。


こんなイタズラをするのは俺の知り合いに1人しかいない。

そして俺にラブレターを送る奴など校内にいるはずがない。


ならば、犯人はおのずと分かってくる。


古典的というのは、告白方法でなくイタズラの仕方が小学生レベルという意味だ。


「まあまあ、亜汰流。そんな大きい声 出したら皆ビックリしちゃうって」


しかし、したり顔でそう言ったあかねの言葉に次の瞬間 俺は凍りついていた。


「あ」


言われてみれば、教室中の視線が俺とあかねにそそがれている。


つい、クダラノにいる時と同じように茜に話しかけてしまっていた。


「ま、間瀬君と戸田さんて仲よかったんだ」


シンとしてしまった空気を紛らすように、クラスメイトの女子が呟く。


そりゃ、学校一のギャルの茜に陰キャ代表みたいな俺が偉そうな口をきくなんて、ある意味では事件だ。


俺自身、3人娘と過ごす時間が長すぎて、いつの間にか現実とクダラノの境界線が曖昧になっていた。


「そうそう、うちら親友なんだよな」


そして悪ふざけで肩を組んでこようとする茜から慌てて身を引く。


「やめろよ」

「なーにマジになってんだよ」


そんな やり取りをする俺達を周囲はポカンと見つめている。


「茜、あんまり亜汰流をからかっちゃダメだよ」

「亜汰流もいちいち本気にしてたらキリないよ」


そこに廣花と碧子まで参戦してくるもんだから更に状況はカオス。


「へ、へえ。間瀬って案外喋るんだな」

「全然関わりなさそうなのに、どこで仲良くなったの?」


クラスメイト達から微妙な視線と疑問を投げかけられてしまい、非常にいい迷惑である。


そんな中心の的になってしまった俺達を、小林達だけが凍てついた目で睨みつけていた。



 例のラブレターはもちろん嘘だが


『今日の放課後、一緒に帰りましょう。』


という部分だけは本気だったらしい。


 放課後、校門を出て帰宅しようとした俺の後ろを何故か廣花と茜がついてくる。


「なんだよ?」


今日はクダラノに行く予定もなかったはずだが。


眉にしわを寄せて尋ねると


「約束したじゃん。一緒に帰るって」


茜は、さらりと言ってのけた。

 


 「って、なんで俺の家なんだよ」


帰るだけなら、まあ……と思った俺が間違いだった。


何故か2人は俺の家までついて来る気になっていて、当然しばらく拒否したものの結局は俺の家に上げることで押し切られてしまった。


ちなみに碧子は剣道部の部活があるから後から合流予定だ。


「だって、いつも家じゃつまらないし」

「亜汰流がどんな所に住んでるか見てみたいじゃん」


俺の家は学校から二駅の場所にある。


といっても家と駅、駅と学校が近いので片道20分ほどの距離だ。


 何てことはない住宅地の、大通りから一本入った裏通り。


「立派なマンションだね」


エントランスの前で地上20階建てを見上げた廣花が言ってくれるが、お嬢様のこいつに言われると気を遣われているような気がしてならない。


「言っておくけど狭いからな」


エントランスの自動ドアをくぐり、エレベーターホールに向かいながら俺は釘を刺した。


「お家の人とか いないの?」


20階のボタンを押し機内に入ると茜が聞いてきた。


「ああ、多分いない」

「多分?」


何故なら、家族の動向なんて俺も分からない。


「俺の家、親父と姉貴の3人なんだけど」


2人には、母さんが亡くなっていることは以前に話してあった。


「親父は1年のほとんど海外出張だし、姉貴も大抵は事務所に泊まりこんでるから」


俺は既に1週間以上 家族の姿を拝んでいない。


「お姉さんて社会人なの?」


廣花は姉のことが気になったようだ。


「大学時代に企業して自分で会社やってるんだ。っていってもスタッフ数人だけの小さい規模だけど」

「へえ、それでもすごいよ」


2人はそう言ってくれるが、弟の俺からすればそんな大層な人間ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る