イクリプスからの誘い①

「本当に、俺達が勝ったのか?」


ようやく口がきけるようになった俺は、間抜けに呟くしか出来なかった。


しかし、現にバンバインはアカネの胸に挟まれるように確保されている。


そのスマイルマークの顔がどこか幸せそうなのがちょっとムカつく。


『これで本日の運営主催イベントは全て終了となります』


お姉さんのアナウンスで、他のプレーヤー達はつまらなそうにゾロゾロと帰り支度を始めた。


『本日バンバインを捕獲できたのは、レベル4、723、919の3エリアでした。またのご参加をお待ちしております』


『なお達成者の方は、バンバインから取り出したポイント券を30日以内に所定のカウンターで交換をするようお願い致します』


そんな声を聞きながら、俺には段々と嬉しさの実感が沸いてきた。


「俺達、本当にやったんだな」

「そうだって言ってんじゃん」


バンバインはきつく抱きしめたまま、アカネがバシッと俺の背中を叩く。


よくよく思い出してみれば、バンバインが高い位置で制止してしまった時にアカネの役割は終わったはずだった。


魔法もアイテムも持っていない彼女が、それ以上 出来ることは何もない。


しかし、そこをもしもに備えて木に登ってチャンスをうかがっていたのだから、その前向きな姿勢には本当に頭が下がる。


「あ、身体は大丈夫か? ミドリコ」


思い出してその隣に向き直ると、髪は乱れコスチュームは破れているものの元気そうにミドリコは微笑んだ。


「うん、私は大丈夫だけど。途中で失敗しちゃって、ごめん」

「いや、あれは俺が悪いんだ」


言い訳になってしまうが、あそこで通常通り魔法をコントロール出来ていればミドリコがバンバインを捕まえられた公算は大きい。


人の杖を奪って魔法を妨害するなんて、本来あってはならない暴挙ぼうきょ


今更ながら小林達に対して激しい怒りが込み上げてきた。


「アタルは悪くないっしょ! イクリプスが卑怯な奴等ばっかってこと……」


俺の言葉を受けて憤慨ふんがいしていたアカネだったが、俺の背後を見て何故か固まる。


いつもマシンガンのように喋る奴がどうしたんだ、とゆっくり振り向くと。


「誰が卑怯だって?」


俺の後ろには、いつの間にかイクリプスのブレイブブルがこちらを見下すように立っていた。


「……魔法の発動を邪魔するのは十分に卑怯だと思うけど?」


僅かにたじろいでしまったものの、俺はその顔をきつく睨みつける。


例えるなら、野球で打席に立ったバッターのバットを無理やり奪うようなもの。


それでは試合にならないし、何より他者に対しての敬意がない。


いくら自分が勝つためとはいえ、そんな妨害をするなんて今までのクダラノでは考えられなかったことだ。


「へっ、レベル0の奴がなんか遠吠えしてるわ」


ブレイブブルに隠れるようにして出てきた小林達が悪態をつく。


「この世界じゃ、弱い奴がなに言っても負け惜しみなんだよ」


まともに相手をするつもりはないが、一体なにがしたくてこいつらは俺達の前に現れたんだ?


そんな警戒心から、つい俺はミドリコとアカネを隠すように後退っていた。


「まあ、そういうことだな。弱い奴は強い奴に何をされても従うのがルールってもんだ」


ブレイブブルは、まるで命令でもするかのように俺を見下ろす。


「何が言いたいんだ」

「だからよ、今回のポイント券とあの魔法開発のチビ、それにそこの女を差し出せば許してやるって言ってんだ」


あまりにも当然のように言われたから、本当に意味が分からなかった。


「は?」

「お前だって、こんな弱小パーティーにいたって楽しくねえだろ?」


ニヤリと笑ったブレイブブルが視線を向けたのは、俺の後ろで険しい顔をするミドリコへと。


「ミドリコを渡せっていうのかよっ?」


ミドリコをかばうように一歩を踏み出したアカネが怒鳴る。


「いやいや、お前分かってねえなあ」


そこにしゃしゃり出てきたのは木暮。


「渡せ。じゃなくてさ、ブレイブブルさんが言ったからにはミドリコはもうイクリプスのものなの」


……いやいやいや、全く意味が分からん。


「お前ら、どんだけ身勝手なこと言ってるか分かってるのか?」


当たり前だが、クダラノ内でプレーヤーがどのように活動しようと、それは個人の自由だ。


クダラノで何をするか、どんなプレーヤーになるか、誰と行動するか。


それらは他人から強制されるものではない。


「は? ここじゃ、強い者が正義なんだよ」


なのに、イクリプスはそんな単純なことすら分かっていない。

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