秘策④

「おい、追い抜かれるぞ」


その存在に気づいたプレーヤー達は、更に飛行魔法を加速させる。


猛スピードで迫っているとはいえ、自分達のほうがまだ前にいる。


いま速度を上げれば、ギリギリだがミドリコより早くバンバインを捉えられるという目算もくさんだろう。


それ決して間違っていない。


だが。


「なんだ?」

「バンバインが……」


それまで空中でピタリと制止したままだったバンバインの黒い体が引き寄せられるように動き出す。


アトラクトは引き合う魔法。


バンバインもまた、ミドリコだけを一直線に目指すのだ。


スケボー上で背筋を伸ばすミドリコが、俺の目に前を風とともに通過した。


その細い腕を伸ばす先には、自分へと向かってくるバンバインの影。


不安定な足場と、剛速球のように向かってくる球体。


バランスを保つだけで難しいだろうに、更にバンバインを上手くキャッチしなければならない。


最も捕獲に有利なポジションを手に入れたとはいえ、それは相当に大変な作業だ。


この困難を達成してもらうため、俺に出来るのはアトラクトの魔法を確実に制御することだけ。


……はずだったのだが。


「お前が何かやってんだってな」


背後からボソリと囁かれた声と同時に、俺の体は地面の上に情けなく倒れ込んでいた。


「……は?」


ひっくり返った視線で見上げた先には、ニヤニヤとした小林達の顔。


別に大したことはされてない。

ただ、ちょっと小突かれて杖を奪われただけ。


それだけで、魔法のコントロールを失うには十分であった。


「!?」


バンバインへ まさに触れようとしていたミドリコは声にならない悲鳴をあげた。


大きく逸れるバンバインの体と、横倒しになったスケボーの板。


強風にでもあおられたように、ミドリコの体は近くの木の枝葉の中へと叩きつけられていった。


「ミドリコ!」


叫んだ俺の周囲では、魔法の解けたバンバインの落下地点へとプレーヤーが群がる。


「……この!」


しかし木に激突しながらも、咄嗟とっさにミドリコは腰の愛刀を放り投げていた。


ガキィンッ


という金属同士がぶつかりあうような音がして、青い刀が命中したバンバインの軌道きどうが変わる。


俺がらなければ


考えるより先に体が動き出していた。


立ち上がり、背中に背負っていた虫取り網を手に取り地面を蹴る。


バンバインまでは少しだけ遠いが、いける!


「なに勝手なことしてんだよっ」


しかし、その渾身こんしんのジャンプも竹内に後ろから服を掴まれ不発に終わってしまった。


網のふちに当たったバンバインは、また小さくどこかへ跳ねてゆく。


体勢を崩して今度こそ派手に倒れ込んだ俺は、バンバインの行方をまるでスローモーションのように眺めた。


ああ、ダメだった。


1秒にも満たない時間の中で、そんな諦めの言葉が頭をよぎる。


あれだけ皆が頑張ってここまで来たのに、最後の最後で上手くいかなかった。


俺が、全部ダメにした。


そう、思わず下を向いてしまった時。


「このおおぉお!」


頭上から聞こえてきた、ヤケクソな叫び声。


その迫力に、誰もが一瞬だけ動きを止める。


操られるようにして、ゆっくり顔を上げた俺が見たのは。


「捕まえたー-っ!!」


木の上から飛び降りながら、バンバインを抱えて地面に転がり落ちたアカネの姿だった。


「……ええ?」


その場にいた誰もが、その光景を信じられなかったと思う。


無音に包まれ、アカネが散らした木の葉だけがハラハラと舞っていた。


『タイムアーップ! 24時となりました、イベントは終了となります!』


俺達の時を再び動かしたのは、エリア内に響き渡ったお姉さんの元気のいいアナウンス。


見れば確かに表示された時計は制限時間を指していた。


「……は、はああああ?」

「誰だお前」

「マジかよ」


一斉に誰もが口を開きどよめき出す。


「……なんだよ。うちが捕まえたってことでいいんだよな?」


その胸にバンバインを抱きしめたまま地面に座り込んだアカネは口を尖らせた。


『映像を確認しましたが、イベント終了3秒前にプレーヤー“アカネ”がバンバインを捕獲。よってバンバイン捕獲の権利を認めます!』


お姉さんが現れて宣言すると、再び大きなざわめきがこの場を支配した。


まさか魔法も使えないレベル0のプレーヤーに出し抜かれるとは誰も思っていなかったに違いない。


「アカネ!」


そのアカネには、頭に葉っぱをつけたミドリコが駆け寄る。


ああ、どうやら無事で安心した。


そして、バンバインを抱えたまま向き合った彼女達は。


「やったね、アタル!」

「アタル、やったぞ!」


まだ起きたことが信じられず茫然ぼうぜんとする俺に、その勢いのまま抱きついてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る