秘策①

 「いたぞ、バンバインだ!」


俺達のいた場所から数百メートルほど離れた所で誰かが発した声が発端ほったんだった。


つられて何となく見上げた夜空。


まるで丸い月を覆い隠すように、バンバインは高く高く跳んでいた。


一斉に群がるプレーヤー達。


「こっちだ」


周囲を見回した俺は、その流れとは別の方向へミドリコとアカネを連れて走り出す。


「本当に大丈夫なの?」


後をついてくる2人は心配そうだが、きっとこの判断は間違っていない。


「バンバインが人の気配や音に敏感なのは今までの動きからも明らかだ。多分 奴はプレイヤーが集まった場所から逃げてくる」


とすると、その行動範囲はある程度 絞れる。


バンバインがいた場所の北側には湖が見えていたので、自然そちらは避けることになる。


多くのプレーヤーは南側と東側から殺到していた。


つまり、西側で待てばバンバインがやって来る可能性が高くなる。


「お、君達も同じことを考えたか」


俺のそんな予測を裏付けてくれたのは、タイカさんパーティーの登場だった。


「タイカさん達もこっちに?」

「ああ。バンバインの生態を考えると、この一帯で待つのが一番理にかなってる」


モンスターに詳しい人にそう言ってもらえると、俺も自分の考えに自信が持つことが出来た。


「アタルのくせに中々やるじゃん」


横に並んだアビーが褒めてくれるのは、喜ぶべきなのか怒るべきなのか……。


「けど、それなら私達が勝たせてもらうわよ」


後方から笑顔でそう言ったのはビクトリアさん。


そりゃ、飛行魔法なし、目くらましなし、レベル0が2人もいるパーティーがまともにやりあって他の奴等に勝てるはずはない。


けれど、俺達だって ただ指をくわえて見ているつもりはなかった。


「さあ、どうでしょうね」


俺はミドリコとアカネと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。



 西側、と一言でいってもその範囲はそれなりに広い。


北寄りにあたりをつけて移動していったタイカさん達とは反対に、俺達は西南の位置で待ち構えることにした。


「ここからは別行動にしよう」


俺が言うと、木の板を抱えたミドリコはこくりと頷く。


「私だけ離れた場所で待機ね」

「ああ、俺とアカネはレベル0だからな」


もしバンバインがMPを感知できるモンスターだとすれば、ミドリコがいる場所は避けられてしまうかもしれない。


「分かった、何かあったらすぐ合図して」

「了解」


そんなことを言い交わし、俺とアカネ、ミドリコは離れた場所でそれぞれ身を隠した。


時刻は、24時の10分前。


「本当に来るかなあ」


アカネが暗闇の木陰こかげで不安そうな声を出す気持ちも分かる。


やっぱり、こっちには現れないんじゃないか。


もしかして、既に誰かが捕まえてしまっているのじゃないか?


そんな不安に落ち着かなくソワソワと辺りを見回していた俺達の耳に


ポーンッ


という軽やかな音が聞こえてきた。


「今のって!」

「しぃっ」


大きな声を出しそうなアカネの口をふさぎ、木の陰から森が開けたスペースを覗き込む。


月明りの下、何かが地面をつくポーンッという音が再び夜のしじまの中に響いた。


「いた」


黒い球体、スマイルマークのような顔、ゴムボールみたいな動き。


間違いなく、今日1日中 散々振り回されたあいつの姿だった。


やはりMPを感じないこの辺りに迷い込んできたのだろうか。


「行ってくる」


その姿に見入ってしまっていた俺のかたわらで、風呂敷包みを抱えたアカネがそっと立ち上がる。


「あ、ああ」

「こっちは頼むよ」


小声で頷きあい、俺は1匹で楽しそうに弾むバンバインへと もう一度目を向けた。


こいつを見失ったら、時間的にもうチャンスはない。


絶対に目を離さないようにしなければ。


そう考え、そっとミドリコに合図を送ろうとしたのだが。


「い、いたぞ!」


突然聞こえてきた大声に、思わずビクリと体を震わせていた。


それは俺だけでなくバンバインも同じで、スマイル顔がビックリ顔へと変わり、跳ねる速度が急激に速くなる。


「発見発見!!」


どうやら たまたまこちらに探索に来ていたプレーヤーに見つかってしまったようだ。


何てついてない……。


案の定、次の瞬間には目にも止まらぬスピードでバンバインはその場から逃げ出してしまった。


「みんな、こっちだ!」

「早く来い!」


続々と人が集まってくる気配と音。


だが、諦めるには早い。まだバンバインに最も近い位置にいるのは俺達だ。


「勘は君達のほうが当たっていたようだね」


北のほうから駆けつけたタイカさんに微笑まれ、俺の顔はひきつる。


「悪いけど、遠慮はしないよ」


彼が言いたいのは、同じシチュエーションなら俺達に敗けるはずはないということ。


それはその通りで、俺達のかすかな勝ち筋は他の参加者より早くバンバインを発見して、単独で狩りを行うこと。


そうでなければ、自力のないレベル0プレーヤーに勝ちの目など有りはしない。


唯一の希望は、無残にもここでたれたのだ。

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