幾星霜の星空

「ちょっと、あんた達!」


それを見かねたミドリコやアカネが怒りの声をあげてくれるが、それを俺は制する。


別に笑われたって構わない。


それが自分の信念だと胸を張って言えるものならば、他人からどう思われようと恥ずかしくも何ともない。


それに、この嘲笑ちょうしょうの中で唯一笑わず俺を睨み据えている人物。


「身の程知らずが恰好つけやがって、死ぬほど後悔させてやるぞ」


ブレイブブルの怒りに震える声が俺の耳を震わせた。


まるで一触即発。


この次の展開がどうなるのか、自分でも分からず動けなくなっていたが。


「あ、バンバイン」


その緊迫は、アカネの能天気な呟きによって破られた。


「え?」

「あ?」


こちらも間の抜けた声で振り返る俺とブレイブブル。


見上げると、薄闇の空を背に真っ黒い球体が高く跳ね上がったところだった。


「バ、バンバインだ!」

「うおおお、捕まえろぉ!」


それまでのいがみ合いなど誰も興味を失い、雪崩なだれをうってバンバインへと詰めかけるプレーヤー達。


皆が一斉に目くらましを使用したせいで、一瞬だけ暮れかけの夜空が昼間のように明るく染まった。


続いて魔法の暴発音や、プレーヤー同士がぶつかりあう喧噪けんそうも聞こえてくる。


「くそっ、何も見えねえ」

「おい、目くらまし使ってんじゃねえよ!」


思わず目をつむった俺にもそんな罵声ばせい怒号どごうが聞こえてきて、周囲は相当混乱している様子だった。


「アタル、私達も追いかける?」


チカチカとする目をこすっているとミドリコにそんなことを言われたが、俺は首を振った。


「いや、どうせ もう見失ってるだろ」


出来るものならば、さっきのタイミングで誰かが既に捕獲しているはず。


プレーヤー同士が足を引っ張り合っていて捕まるほど、バンバインは簡単な相手じゃない。


「他の奴等に取られるのも嫌だけど、そろそろ時間的にもヤバいよな」


やっと目を開けると、腰に手を当てたアカネが上空を見上げている。


「そうだな」


とはいえ、一度逃げたバンバインは警戒して数時間は身を隠してしまう。


次に現れた時が、恐らく最後のチャンスになるだろう。


「とりあえず、俺達も森の中に入ろう」


いつの間にか吹く風は涼しく、空には星が輝き始めていた。



 「前から思ってたんだけど、月の位置って変わらないのね」


一気に暗闇に包まれ始めた森に足を踏み入れ少し歩いた頃、唐突にミドリコがそんなことを言った。


遠くでは光魔法やランタンの灯が所々できらめき、俺達の他にも多くのイベント参加者がバンバインを探し回っている。


「そりゃ、ゲームだからだろ?」


アカネが当然といった口調で言い返す。


確かに夜間のグラフィックが1つしかないようなゲームならば月が毎晩同じ位置にあるのはおかしくない。


「だって太陽はちゃんと朝は東から昇って夜は西に沈んでるじゃない」


だがミドリコが指摘したようにクダラノは よくできた仮想現実空間。


時間の経過や四季の移ろい、自然の摂理せつりも可能な限り現実(日本基準)に寄せて造られている。


「ああ、そういえば確かに」


アカネもそれを思い出したようだ。


「じゃあ、なんで夜だけ手抜きなんだ?」


同じ位置から全く動かない月を見上げ、そして俺のほうを見てくる。


気づいたら どうせ聞かれるとは思ったが


「……よく分からない」


俺は、あっさり降参した。


「え、アタルでも知らないの?」


驚かれても、俺とて全ての知識を持っている訳ではない。


それに、これについては古くからのクダラノ七不思議の1つでもある。


このゲーム内の夜空は、月……というより星や星雲の方角がずっと変わらず、まるでプラネタリウムの映像でも見せられているよう。


プレーヤーの活動が少ない夜間にサーバー的なものの負担を減らすためとか、最初に設定をし忘れてそのままになっているとか、色々な説がささやかれてきたが真実は不明のままだ。


いつか、その謎が明かされる日はくるのだろうか。


 そんな夜空を眺めながら漫然まんぜんと森を彷徨さまよったが、バンバインは見つからないまま時間だけが過ぎてゆく。


イベント終了の24時までは30分を切っていた。


「こりゃ、誰も捕まえられずに終わりかな」

「他のエリアはどうなってるんだろな」


ぽつりぽつりと諦めの言葉を口にするプレーヤーも出てくる頃。


「こういう時こそ、チャンスに備えないとね」

「諦めたらそこで試合終了ってやつだな」


けれど、うちの女子達はそこで油断するようなタマではない。


頼もしい会話を交わすミドリコとアカネと、それを苦笑しながら後ろで聞く俺。


そんな俺達パーティーの前に、正真正銘 最後のチャンスが訪れた。

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