エリア統括長


 「おいおい、なんだあれ」


時刻は日没間近。


そろそろ空の色が紺色に変わってきた頃、俺達はついさっきバンバインが目撃されたという北の森へとやって来ていた。


周囲から笑われているのは、俺達の装備のことだろう。


俺は棒のついたあみ、ミドリコは大きな木の板、アカネは風呂敷包みをそれぞれ抱えている。


どれも、さっきの集落の雑貨屋で仕入れてきたものだ。


「虫取り遊びじゃねえんだぞ」

「そんな大荷物で素早いバンバインを捕まえられるかよ」


予想はしていたが、からかい半分、心配半分といった感じで野次が飛んでくる。


「ちっ。あいつら、うるせーな」


アカネが小さくぼやくが、さっきのようにそれ以上突っかかっていく様子はない。


彼女自身、これが俺達の秘密兵器だと分かっているので楽しむ気持ちのほうが大きいのだろう。


「さて、俺達も本格的にバンバインを探すか」


周囲に集まっているプレーヤー達はずっと捜索を続けていたようで、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。


暑い日中に体力を温存しておいたのは、俺達にとって有利になるだろう。


 「おい、お前らが最近調子のってるって奴らか?」


どっちへ行こうかとミドリコとアカネと相談していると、背後から低い声に呼ばれ嫌な予感がした。


「何か?」


振り向くと、そこには見たことのない壮年の大男。


しかし、背後でニヤニヤと笑う小林達の姿で大体の展開は読めた。


「俺は、イクリプスでこのへんのエリア統括を任されてるブレイブブルってもんだ」


見た目通りの名前を名乗ったそいつは、威嚇いかくするように俺達へと近づいて来る。


「俺はアタル。特にイクリプスの人達と関わりはないですけど?」


すっとぼけてその顔を睨み上げたが、それくらいで怯む相手ではない。


「てめえらになくても、俺らにはあるんだよ。うちのもんに生意気な態度とってくれたらしいじゃねえか」


そう目配せをするのは後ろに控える小林達。


まるで先生にイタズラを言いつけて得意になっている小学生のような姿にウンザリとした。


「ああ、この間 アタルにコテンパンにやられてログアウトしてたもんね」


そんな俺達の会話にミドリコが割って入ってきた。


「あ? ログアウト?」


その件は知らなかったのか、ブレイブブルは眉を顰め、小林達はアワアワと慌て出す。


「だって3人がかりでアタル1人に負けるとか。貴方にもあの時のこいつらの顔見せてやりたかった」


「お前ら、レベル0のこいつに負けたってのか? 聞いてないぞ」

「い、いや。それは……っ」


「あれ? もしかして隠してた? 言っちゃってごめんねー」


分かってて わざとやっているミドリコは中々にいい性格をしていると思う。


どうやら、小林達は俺に負けたという恥を上には報告していなかったようだ。


散々 悪態をついておいて俺のところにイクリプスが仕返しにこなかったのは、そういった理由があったらしい。


「まあ、お前らのクソみてえな私怨しえんなんてどうだっていいんだよ」


しかし、ブレイブブルはあっさりと彼等を切り捨てた。


あれ、こいつらの報復のために親分が出てきたんじゃないのか?


「俺が気に入らねえのは、てめえらがあのチビガキを仲間にしやがったことだ」


低い声で言われて、俺達は少し考え


「……え、キャンディのことか?」


やっと そのことに思い至った。


「あいつは俺らの誘いを断った見せしめで孤立させてたんだよ。それを何も知らないお前らが空気も読まず仲間に引き入れやがって」


つらつらと語られ、全て初耳の俺は頭がついていかない。


キャンディが、イクリプスの勧誘を断っていた?


「俺らに逆らうとどうなるか、他の奴らにもよく分からせておかねえとな」


けれど、こいつが言いたい結論だけはよく分かった。


「だから、あのガキをさっさと仲間から追放しろ」


「断る」


自分でもびっくりするくらいに即答した俺を、ミドリコとアカネ、周囲の連中も驚いた様子で見つめる。


「アタル」


「キャンディは俺達の仲間だ。あんたに とやかく言われる筋合いはない」


頭の片隅では「いやいや、もうちょっと穏便に済まそうぜ」と思っている自分がいる。


だが、ここで引いてはいけないと思った。


「てめえ、誰に向かって口きいてんだ、こら」


怒りに青筋をたてるブレイブブルの向こうでは、小林達が「生意気だぞ」とうるさはやし立てる。


「俺はあんたの手下でも何でもない。それに、クダラノではプレーヤーは全員が主人公のはずだ」


つい、そう勢いで言い切っていた。


一瞬、水をうったように周囲は静まり返り


「お、おい、聞いたか?」

「うわあ、寒すぎて鳥肌たったわ」


予想通り、小林だけでなく関係のないプレーヤー達もそんな俺を指さし笑い出した。

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