レベル4エリア③

規則でも禁止されていないし、やれることが多いクダラノでは活動にあわせてアバターを切り替えることも珍しくない。


「実は俺、普段はレベル350エリアでモンスターの飼育員をしてるんだ」


実際タイカさんが口にしたのは、何とも意外な職業だった。


「モンスターの飼育員なんてあるんですか?」

「レベル350エリアには、モンスター園ていう動物園みたいな施設があるの」


彼の事情を知っていたようで、ビクトリアさんが驚くアカネに教えてくれる。


「へえ、それでセカンドは魔法使いに?」

「ああ、やっぱり冒険してるプレーヤーを見ると楽しそうだなって思うことも多くてさ」


平和そうに語るその説明で、彼がこれほど落ち着いている理由がようやく分かった。


「じゃあ、モンスターの生態には詳しいんですね」


さりげなく水を向けた俺に、タイカさんは頷く。


「まあ、それなりにね。少なくとも臆病者が多いバンバインが近場で爆発なんて起こされたら、しばらく逃げ回って出てこないってことくらいは知ってる」


「だから、茶でも飲もうなんて言ったのか」

「すごい、物知りなんですね」


「いやあ、でも例のレプティリアンの時は何の役にも立てなかったけどな」


本人は謙遜けんそんしているが、バンバインの情報すら知っているプレーヤーはこのエリアにはほとんどいないだろう。


モンスターの個体差や個性がほぼバラバラなクダラノ内で、専門的な知識を持つ人は貴重だ。


失礼ながら、そんな凄い人だとは全然気づかなかった。


「けど、モンスターでも確実に体力は落ちる。夜にかけてはバンバインの機敏性も鈍るはずだ」


タイカさんが少し厳しい声で告げ、空を見上げる。


少しだけ雲の色は夕暮れに近づいていた。


「そろそろ、私達も本格的に捜索に戻ったほうがいいわね」


ビクトリアさんのそんな言葉で、俺達は食べ終わった皿を集めて立ち上がった。


「俺達は空中から探索する予定だけど、アタル達はどうするんだ?」


タイカさんのおごりで店を出ると、手にグローブをはめながらアビーに聞かれる。


彼は拳闘士を目指しているそうだ。


「いや、俺達 誰も飛行魔法使えなくて」


苦笑いでミドリコとアカネと目を見合わせた。


「そっか。じゃあ、ここからは別行動だな」


残念そうにタイカさんに言われるが仕方ない。


あちらのパーティーは、タイカさんが持つ飛行魔法で4人を空に連れて行ってやるのだと言う。


さすがに俺達3人の追加は無理だし、そんな図々しいことを頼む訳にもいかない。


「はい、またどこかで会いましょう」


そう手を振ると、それまで同じ地面に立っていたタイカさん、ビクトリアさん、アビー、ボーテさんの体が浮き上がり


「ああ、またな!」

「お互い頑張ろう」


スッと流れ星のように、その体は森の方角へと飛び去っていった。


「いいなあ、飛べる魔法」


その姿を見送ったミドリコが羨ましそうに呟く。


確かに、魔法が使えるようになったら まず鳥のように空を飛びたいと思うのは人類共通の憧れかもしれない。


「アタルの、あの空中に浮かぶやつとは違うのか?」


アカネが言っているのは、この杖に入っているフユウのことだろう。


「全然違う。フユウは重力系魔法で体や物体をその場に浮かべるだけ。飛行魔法は自分の意思で好きに移動することが出来る」


その違いは果てしなく大きい。


「そっかあ。でも皆が使ってるってことは、飛行魔法があればバンバインを探すのが楽になるってことなんだろ?」

「まあな。捜索するにも地面と空からじゃ見え方が全然違うし、発見しても普通に走ったらバンバインには追いつけない」


楽になるどころか、飛行魔法と目くらまし用の光魔法はバンバイン捕獲に ほぼマストと言って良い要素なのだ。


「それじゃ、それを持ってない私達に勝ち目は無いってこと?」


ミドリコが自分で言いながらシュンとするが、事態はそう悪いことばかりではなかった。


「実は、ついさっき唯一の勝ち筋を俺達は手に入れた」


にやりと笑って告げると、キョトンとした目が俺を見つめる。


「どういうこと?!」


他に人がいる訳でもないのに、小声になった2人がササっと近寄って来る。


「けど、それだけじゃバンバインを確実に捕まえるまでには至らない。そこでミドリコとアカネにも作戦を考えてもらいたいんだ」


俺もヒソヒソ声で、これまでのこと、そして これからのことを話し出した。

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