新しい住人


 まだ窓に目張りがしたままのせいか、2階へ向かう階段は薄暗かった。


目当ての寝室は広間の上部分にあり、その面積の半分ほどに小洒落こじゃれたベッドが4台置いてある。


これで一々 共同安置所まで行く必要がなくなったのは非常に有難ありがたい。


この寝室の他にも同じ階は5部屋ほどが空いており、これなら もっと仲間を増やしても大丈夫そうだ、なんて考えていたら。


「アータールー」


背後からの人を食ったような声に、俺はゆっくり寝室の入口を振り返る。


そこには予想通り、両手を後ろに回したキャンディが暗がりの中に立っていた。


「何だよ」

「ひどいなあ。ボクも寝室を見せてもらおうと思っただけなのに」


警戒する俺に、その飄々ひょうひょうとした口調は一歩部屋の中へと踏み込んでくる。


まあ、確かに仲間になったのだからヘンなことではないけれど。


だが。


「……お前、俺のことおちょくってるだろ」


2人きりになった機会に、ギルドで会った時から思ってたことをズバリ聞いてみた。


「まあねー」


そして、その返事はこれまたふざけている。


「お前に何か嫌われるようなことしたか?」

「別にしてないけど。……何ていうか、ボク陰の者って嫌いなんだよねえ」


こいつ、本当に殴りたくなってきた……。


絶対にお前だって陰キャだろうが。俺には分かる。


「お前なあ」

「はい、これ」


文句の一つも言ってやろうとした俺の目の前に、突然 何かが投げつけられた。


「うお」


反射的に受け取ってしまったそれは、見てみれば馴染みのある あの紫石の木の杖。


いつも帰ってくると広間に立てかけていたのだが、勝手に持っていきやがったらしい。


「杖の容量を拡張して、追加でアトラクトを入れておいた」

「え」


アクラクトというのは、これも重力系魔法の一種。


その中でもフユウとは違い物質を引き合わせる性質を持つそこそこに強力な呪文だ。


「こんな短期間で」


魔法を入れることは勿論だが、武器の容量を拡張するというのは中々に難しい作業だという。


武器と魔法の相性の見極めや繊細な調合技術が必要なためクソ面倒なのだと、あのスィーティーですら愚痴ぐちっていた。


「いいのか?」

「当然。そのためにボクを雇ったんでしょ」


3人娘の前と違い ちっとも可愛くない口調でキャンディはうそぶく。


だが、何かのために働いてもらおうなんて、俺達はこれっぽっちも思っていなかった。


クダラノでは、必要な時だけ期限付きの契約で傭兵ようへいを雇うようなパーティーの形もある。


「別に、お前はお前のしたいことをすればいいだろ」


けれど、俺もミドリコもそんなつもりで彼女を拾った訳ではない。


ただただ楽しく皆でゲームが出来れば、それだけで十分だ。


「……ボクね、アタルが拾ってくれたことには感謝してる。本当に、誰からも相手にされなかったからさ」


そして急に神妙になったキャンディに俺は戸惑う。


これも演技なんじゃないか? いや、本心だろうか。


……本当につかみどころのない奴で困る。


「ちゃんとした拠点があって、ただで魔法研究を専門でさせてくれるパーティーなんて、クダラノ中 探したって他にはない」

「まあ、それはそうだろうな」


大抵、仲間を探すのはモンスター討伐やエリア攻略のため。


生活の面倒をみた上で好きなことをやって良いなんて言うお人よしは、うちの連中くらいのものだろう。


「そういうことで、ボクは末永くここでお世話になりたいんだ。だから やることは ちゃんとやるよ。お姉ちゃん達もみんな可愛くていい人だしね」


最後の一言は余計だが、このキャンディの言葉は本音のようだ。


「まあ、好きにすればいいんじゃねえの」


ぶっきらぼうに言ったものの、魔法研究をするプレーヤーがいるというのは実際とても心強い。


これで俺への態度がもう少しだけ優しくなってくれれば文句ないのだが……。


「ありがとう、アタル」


顔を背けていた俺へ歩み寄る小さな足音。


振り向くと、黒い頭巾の下でイエローゴールドの瞳が俺を見上げている。


「これから、よろしくね」


すっと差し出された手を、ちょっと迷ったが俺は優しく握り返した。


こう見えて、ちょっと可愛いところもあるじゃないか。


そう思ったのも束の間。


「うわあ、もしかして今“ちょっと可愛いところもある”とか思っちゃった? キモー」


手を振り払い、狼の耳を震わせてケラケラとキャンディは笑い出す。


「ああ?」


また からかわれたのだと気づき、さすがに今回は俺とて堪忍袋の緒が切れた。


「あ、怒った。恐くないけど(笑)」

「お前な!」


逃げ出すキャンディをこぶしを握りしめて追いかける。


どれだけ俺で遊ぶ気だ。


「お姉ちゃん達ー。アタルがいじめるよー」


階段を駆け下りるそんな声が聞こえてきて、慌てて俺もその後を追いかける。


「ふざけんな」


本当に、癖が強くて、こじらせてて、生意気な奴だが。


今日から、この家の住人が1人(1匹)増えることになった。

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