ファイトマッチ⑤
そんなインティの言葉を思い出していた俺の前で、宙に浮くヘルハウンドが遂に動き出した。
『先に仕掛けたのは挑戦者だ!』
どこかの実況者が叫んだ通り、彼は黒いコートの下で両手を広げる。
みるみる俺の背後には白い冷気が生成されていった。
ヴリズン
無数の氷の粒を作り出し、敵を攻撃する水属性の広域魔法。
スカウターで見る限りヘルハウンドのレベルは隠されているが、この技が使えるということは500は越えているに違いない。
しかし、同じく水属性を得意とするインティと比べれば生成までに随分 時間がかかっていた。
この数秒の差が高ランク同士での勝負では命取りとなる。
「
唱えた俺の両手の平から彼岸花の形をした炎が
攻撃されるのをじっと待ってやる義理はない。
反転して両手を振りかざすと、現れた炎が形を成し終えつつあった氷の塊へと一直線に襲いかかった。
鋭い光を放ちぶつかりあう炎と
『ヴリズン消滅! ヘルハウンドの先制攻撃失敗!』
そんな にぎやかしが聞こえたように、次の瞬間 水蒸気だけを残してヘルハウンドの魔法は大気の中へと消えていった。
いくら苦手な属性とはいえ氷は火に溶けるもの。
隙を見せなければ、このフィールドといえど俺が負ける相手ではない。
「少しでもアマテラスが弱みを見せられたら、自分達に賛同するプレイヤーを増やせる。そんな計画じゃないかしら」
あの時、インティが告げたのはそんな予想だった。
それは……大いにあり得ると思わざるを得ない。
選挙なんかないクダラノでは、1番強い者が1番偉いという単純な構図で世界が成り立っている。
しかし、その強さが僅かでも揺らいだら。
俺のやり方に不満を持っている者、新しい秩序を求める者、理由など関係なく暴れ回りたい者。
そういう奴等が、手ぐすねを引いて待っている。
だからこそ、俺はこのファイトマッチにただ勝利するだけではダメだった。
こいつらの自信をへし折り、しばらくは立ち直れなくなるような
圧倒的な力でねじ伏せる
そんな強さを見せつけなければならない。
けれど、その考えじたいが油断だったのかもしれない。
ほんの刹那、気が緩んでいた俺の足元で何かが
「!?」
瞬時に氷りついた海面から、空中にいる俺に向かい来る無数の鋭い
避けようと上昇し回避したものの、それと時を同じくして頭上にも尖った氷の列が出現した。
ありえない。
そう思った時には、俺の体は上下からの氷の刃に挟み撃ちにされていた。
これは後からVTRを見て知ったが、更に狙ったようなタイミングで大気中に流れ出した氷の膜が捕らわれた俺の体を更に氷の上から絞めつける。
まるで、罠にかかった小動物に蛇がとぐろを巻くような光景だった。
『こ、これは……っ!』
冷たい罠に
いくら氷の魔法の使い手だとしても、エリアそのものの環境まで操れるはずがない。
この分野で最も
一体、どうして……。
そんな疑問が頭に渦巻いたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
俺が動きを封じられて1秒。
負けることは勿論だが、これ以上劣勢な姿を見せる訳にはいかない。
少しでも弱さを晒せば、俺の強さへの信頼が揺らぐ。
そして、それはイクリプスの連中が勢力を拡大することを意味していた。
……本当は気が乗らないが、この際は仕方なかった。
「
小さく口の中で強く呟くと、握りしめていた俺の右手が熱く輝く。
『こ、氷の中央が光り出したっ』
そんな実況の声が聞こえたのと、俺の体が光を放ったのは同時。
スィーティーの家でその様子を見ていたシュヴァートが後から言うには
「太陽が爆発したのかと思った」
とのことだ。
周囲から俺は火属性の炎魔法が専門だと思われているが、それは半分合っている。
しかし太陽神アマテラスの名から分かるように、それと同じくらい研究を重ねたのは空属性の日の魔法。
太陽を具現化した力。
この魔法を
そして、何より……あまりにも威力が凶暴すぎるからだ。
……あー、やっちまった。
体を覆っていた氷は解け、一面の眩しさも少しずつ治まる。
水蒸気が舞う空中で目を開けた俺は、その場から逃げ出したい気分だった。
見下ろした先は、氷河さえ蒸発した一面の焦土。
その爆発に巻き込まれて、ヘルハウンドは死んだ。
そして、それと同時に集まっていたプレイヤー、実況者、スタッフなども全員一緒に俺は葬ってしまった……。
『アバター消失。プレイヤー“ヘルハウンド”強制ログアウト』
『アバター消失。プレイヤー“ガンスリンガー”強制ログアウト』
『アバター消失。プレイヤー“マックス・ミン”強制ログアウト』
天の声のアナウンスは、その後6時間ほども続いたという。
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