ファイトマッチ③

「でも さっき、ランクの変動があるかもって」

「ランクはトーナメントの結果でしか決まらない。だが、ランカーは自分より下のランクに移動することは出来る」

「移動?」

「つまり、自分で降格が出来るってこと?」


続けて尋ねるミドリコ、ヒロカ、アカネに上空を仰いだまま老人は頷く。


「本来ファイトマッチはプレイヤー同士が遊びで始めたもの。負けたところで、申し込まれた側は何も失うものはない。しかし上位者のけじめとして、下のランクの者に敗れたら そのプレイヤーとランクを交換するのが習わしになっている。ランク交換は双方が合意した時のみ可能だからな」

「下剋上って、そういうことか」

「要は、格上に勝ったら自分がそのくらいに成り代われるってことね」


物分かりの良い3人娘に老人は満足した様子だった。


「だから、もし今回のファイトマッチをアマテラスが受けて負けた場合」

「アマテラスが、1位から15位に転落するってこと?」


ヒロカが信じられないという表情で呟いたのと同時に、再びクダラノ内にはアラートが鳴り響く。


『ランクNo1アマテラスが、ランクNo15ヘルハウンドのファイトマッチを承認しました』



 ファイトマッチはプレイヤー同士が個人的に行うもの。


本来運営は関わりないくせに、こういう時だけ勝手に盛り上げてこようとする神経が俺は気に食わない。


「普段はプレイヤーなんて放置のくせに」


あの開発者の子供の姿を思い出しながら呟くと、後ろにいたスィーティーがバンバンと背中を叩いてきた。


「まあまあ、アマテラスの戦いが見れるなんて祭りには違いないんだからさ」


プレイヤーは、1年に1度、自分とランク差が30位以内の者にしかファイトマッチを申し込むことは出来ない。


以前は制限はなかったが、そうすると上位ランカーは1日に何度も挑戦を受けることになってしまい、暗黙の決め事ながら今はそういう風になった。


ファイトマッチを申し込まれたほうも、断るのは自由。


しかし、上に立つ者が勝負を挑まれて逃げるなど論外。

自分のランクを守るには正々堂々と勝てばいい。


という武士道ともいうべき精神がクダラノ内にはあるため、基本的に挑まれたファイトマッチはほぼ全てが成立している。


もし、あのイクリプスの連中が上位プレイヤーになったら状況は変わるのかもしれないが。


そんなことを考えていると、クダラノ上空には巨大な文字で


ファイトマッチまで残り10分00秒


というカウントダウンが表示された。


自分の拠点に帰っている時間はないので、このスィーティーの家から直接 試合会場まで出させてもらうことにした。


「どうせなら会場も指定すれば良かったのに」


武具の点検をする俺の背後から不満そうに言うのはキラ。


ファイトマッチは、挑まれたほうが戦いの場を決められる。


けれど俺はそれも相手に任せていた。


全て相手に有利な条件で挑戦者を退けてこそ本物の勝利、という信条を持っているせいだ。


「へえ、アマテラスの装備ってこうなってるんだな」


スィーティーに一室を借りて床の上に置いていた俺の愛刀やアイテムをシュヴァートが興味深そうに眺めている。


武器やアイテムは、一定の条件を満たせばどこに居ても自分の収納庫から取り寄せることが出来る。


コスチュームも、普段は動きやすい着物と袴だが、戦闘用衣装(なんかヒラヒラした十二単じゅうにひとえ? みたいなやつ)に変身した。


準備は、これくらいで良いだろうか。


「よし、行くか」



 指定された試合会場は、レベル446エリアの一角。


ここは全域を氷河に覆われた海で、属性としては氷を含む水系魔法が圧倒的に有利。


もっと言えば、炎系の魔法が十八番おはこの俺にとっては最も不利な領域だ。


このエリアまで進出できるプレイヤー達が既に大勢集まり、指定された座標の下には出店まで出ている始末だった。


皆そんなに暇なのだろうか?


『開始まで、あと1分を切りました!』


そして至るところに飛行魔法や遠隔アイテムでこの現場を飛び回るプレイヤーの姿が見える。


恐らく動画配信者が現実世界に向けて実況でもしているのだろう。


ファイトマッチまで残り9秒


カウントダウンを確認して、俺はゆっくりその場に姿を現した。


地上からは割れんばかりの喚声かんせいが沸き起こる。


続けて相手プレイヤー ― ヘルハウンド ― も登場し、時刻は開始まで残り3秒。


2秒…、1秒…


『ファイトマッチスタート!』


その瞬間に打ち上がった盛大な花火にちょっとビクッとしたけれど、頑張って平気な振りをした。


いつの間にこんな演出が追加されたんだ。


出端でばなくじかれた俺だったが、空中で向かい合う相手もまた制止したままこちらの様子を窺っている。


ヘルハウンド


申し訳ないが、俺は今回初めて名前を聞いたプレイヤーだった。


見た目は人型。


灰色の長い髪と黒いマスク、黒いロングコートを羽織り、暗い琥珀こはく色の目がじっと俺を見つめていた。

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