世界樹の下で③
「だから、自分のちょうど良い感覚に設定し直すんだ」
話しながら、俺は目の前にウインドウを開き『アバター設定→アバター生体→感覚』とコマンドを進めた。
ここから変更が出来るはずだ。
『感覚を機能させる』を選び、後からそれぞれの感覚を調節すれば。
と、順調だったはずなのだが。
「……いっ!? 痛てててっ!」
ふいに頭に雷のような鈍痛が走り、俺は再びその場にしゃがみ込んでしまった。
なんだ、急なこの痛みは……?
突然の出来事に、頭を押さえてうずくまった俺に
「あんた、感覚の設定を機能させるに変更したんだろ」
周囲のおじさん達は、どっと笑い声を上げていた。
確かにそれはその通りで、それを変えた途端にこの痛みに襲われた。
だが、どうして分かったんだ?
「それはな、感覚を本体と同じに機能させちまうんだよ」
へっ?
「だから、そこを変えると感覚全部がリアルと同じ感度になるのさ」
……そうか。それで、あの木材で殴られた痛みが一気にやってきたということか。
現実世界であの勢いで殴られれば、そりゃ相当痛いに決まっている。
「で、でも、感覚はあそこから設定するしか」
「よく見てみな。『アバター生体』の中に『カスタマイズ』って項があるから、個別に設定したい場合はそっちからやるもんなんだ」
……知らなかった。
二重の意味で頭を抱えながら、俺はがっくりと項垂れた。
「アタル、知らなかったの?」
ヒロカに呆れたように言われるが、そんな仕様になっていることは実際知らなかったのだからしょうがない。
俺がクダラノを始めたのは、プレイヤーが誰もいなかったような初期の初期。
今のようなガイダンスが整備されたのは、かなり最近になってからなのだ。
「ま、初心者がやりがちな失敗だな」
「クダラノに慣れるうちに段々分かってくるさ」
おっさん達の慰めの言葉は温かいものの。
イキった癖して失敗したみたいになった俺は、何とも居たたまれなかった。
それから一日は、ずっとそのネタでからかわれた。
「おう兄ちゃん、頭は大丈夫か?」
擦れ違う度に、皆にニヤニヤとそんなことを言われる。
初心者には親切に。という精神はどこにいった?
「アタル、次に何か設定する時はちゃんと誰かに聞いてからのほうがいいよ」
挙句の果てには、壁の修復をするアカネにまで笑われる始末。
「そういうこと言わないの」
横から見かねたミドリコが怒ってくれた。
「そうだよ、ただでさえ可哀想なんだから」
ヒロカも続くが、微妙に傷口を
しかし、これで俺が本当にただの初心者ということを誰もが認識してくれた。
勘の良いミドリコあたりは俺の知識などをちょっと不思議に思っていそうだったので、それだけは怪我の功名というやつかもしれない。
まあ、そんなアクシデント諸々もあったが武器屋の修繕のほうは首尾よく進んでいるようだった。
店構えも段々と元の形を取り戻し、とりあえずならば営業も再開できそうなところまできている。
「あんたらのお陰で、予定より早く何とかなりそうだ」
日が暮れてきて、今日の作業は終了。
手伝い衆は解散し、俺らも一度ログアウトしようかと話し合っていると、後ろから武器屋のオヤジに声をかけられた。
「いや、元々は俺が壊したようなもんですし」
実際、あのレプティリアンをもう少し上手くコントロール出来ていれば被害はずっと少なく済んだだろう。
「いや、それでも助かった」
不器用そうな顔にお礼を言われると、逆にこっちのほうが恐縮してしまう。
「何か困ったことがあったら言ってくれ。出来る限り手伝うから」
「そうだぜ。兄ちゃん達、初心者なのによくやってくれたよ」
「思ったより根性あったな」
周囲からもそんな声が上がり、俺達は顔を見合わせ笑いあった。
「そうだ、もし家を作るなら手伝うぞ。なあ?」
その中の1人が発した言葉に、周囲からは賛同の声が上がる。
「家、か」
その話は前にも出たが、ログインは授業で行う1回だけだと思っていたからスルーしていた。
このアバターだって、思いっきり捨てアカのつもりだった。
「いいじゃん、家 作ろうよ!」
最初に威勢の良い声を上げたのはいつも通りアカネ。
「うん。何度も来るなら拠点があったほうがいいと思う」
「何だか楽しそうだね」
続けてミドリコとヒロカも賛成した。
ミドリコはクダラノでバトルをやりたいと言っていたので分かるが、ヒロカがここまで乗り気なのはちょっと驚いた。
「だけど、前も言ったが あの世界樹の土地は無理だからな」
そんな浮かれた様子の俺達に横から大工のじいさんが釘を刺す。
「分かってるって。でも、あそこが良かったのになあ」
「仕方ないよ。誰かの持ち物なんだから」
「でも、家を建てるってまずどうしたらいいんだろう」
口を尖らせるアカネとそれを宥めるミドリコ、純粋な疑問を口にするヒロカに、俺は心の中で密かにほくそ笑むのだった。
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