世界樹の下で④

「家を建てるなら、まずは土地を手に入れなければならん」


そんな話をしていれば、世話好きの住人達が寄ってきて当たり前のようにアドバイスをくれる。


「欲しい土地のエリアの土地管理事務所に行って、そこが売りに出されているかを確認する。可能なら金を出して購入する訳だが、当然場所や条件によって土地の値段も変わってくる」

「または、持ち主のいない土地を調べてもらうって方法もあるな」


近所の酒屋が言う通り、そのへんの按排あんばいは現実の世界とそう変わらないらしい。


「そもそも、俺らは土地が買えるほどの金なんて持ってないぞ」


それまで黙って話を聞いていた俺は、大切なことを思い出し彼女達に伝えた。


「え、何でそれを先に言わないの!?」


とヒロカに怒られてしまったが、今までクダラノ内で金に困った経験がなかったので何となく頭が回っていなかった。


まあ、最悪アマテラスの財産をこっちに移動すればどうにでもなると楽観しているからなのだが。


「どうせ、そんなことだろうと思ったよ」


しかし、救いの手は意外なところから差し伸べられた。


「え?」

「仕方ないから俺らが貸してやる」

「出世払いだぞ」


口々にかけられる言葉。


どうやら土地を買う場合はその資金を援助してくれる、ということらしい。


「そんな、悪いですよ」

「なに、これも助け合い精神ってやつだ」


ガハハと豪快に笑う近所の人達。


ここでも俺は、過去の自分に助けられたようだった。


折角せっかくだし、いいんじゃないか?」


俺がそう言えば、視線を合わせたミドリコ、ヒロカ、アカネはみるみる嬉しそうな表情に変わる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ありがとうございます!」


俺達は、優しき先輩プレイヤー達に勢いよく頭を下げた。



 「土地管理事務所。ここだ」


善は急げと、ログアウト前にそこに立ち寄ることにした。


もうその気の3人娘は、やけに楽しそうにあれこれと家の計画を今から立てながら道を歩いていた。


「いらっしゃいませ」


軽やかなベルと共に扉をくぐった俺達を、事務所の受付の女性が愛想よく迎えてくれた。


「あの、実は家を作りたくて」


おずおずと話を切り出したのはミドリコ。


「では新たに土地をお探しですね。ご予算はどれくらいでしょうか?」


目的を理解してくれたお姉さんは、手元の分厚いアルバムのような本を開く。


「現在ですと、トリアエズの町の中心地や、町から少し外れた場所にもご紹介できる土地がございます」


そんな説明を、3人は真剣な表情で聞いていた。


「やっぱり町中がいいのかな」

「でも、ちょっと郊外に行くだけで土地が広いし安くなるみたい」

「利便性をお金に換算したら、どっちが得になるかって話ね」


こういう時 男は夢ばかりを語ってしまうが、女性はちゃんと現実をみる。


いざという時 女のほうが頼りになることを、姉がいる俺は痛いくらいに知っていた。


だが、ここで俺は一つ下手な芝居を打たねばならないのだった。


「あーあー、でも残念だったよなあ」

「何が?」


我ながらわざとらしいセリフを独り言のように吐くと、土地の情報を真剣に見ていたヒロカがこちらを振り向く。


ちなみにお姉さんが持っている本は、開くとそのページに載っている土地詳細が映像で浮かび上がるように出来ている。


魔法の応用かアイテムとして発明されたのか知らないが、便利な代物しろものを作ったものだ。


「だって、本当ならあの世界樹の辺りの土地が良かったんだろ」


その場所を口にすると、お姉さんの表情がピクリと動く。


入店した時、アマテラスとして来た際 接客してくれた人であることは確認済みだ。


「仕方ないでしょ」

「あそこは誰かの土地でダメだって話でしょ」


「あの」


そんな会話を俺達が繰り広げていると、狙い通り彼女が声をかけてきてくれた。


「え?」

「実は、その世界樹の土地。今 売りに出されてるんです」


数秒の沈黙の後、3人の叫び声が事務所内に響き渡った。


言うまでもないが、アマテラスとしてこの土地管理事務所を訪れた時、俺はあの土地の権利を売ったのだ。


だが事務所から売却の代金は受け取らず、逆に以降100年分の土地代を支払っておいた。


その代わりに、次の所有者に対しては条件をつけさせてもらった。


“4人組の男女パーティーで、初ログインしてから間もない初心者達”


以上を満たした者に、上記の経緯は秘密にして安価で譲渡すること。


そこまで指定すれば、まあ他のプレイヤーに買われてしまうことはないだろうと踏んだ。


「それに、こんな安い値段でいいんですか?」

「これなら、皆からお金を借りずになんとかなりそう」


お姉さんの手元で世界樹の映像を食い入るように見つめる3人の姿に、俺は密かに笑みを噛み殺す。


「じゃあ、買うのはここで決定でいいんだな?」


一応確認をすると


「もちろん!」


ミドリコ、ヒロカ、アカネの揃った嬉しそうな声が返ってくる。


その日、世界樹一帯の土地は俺達のものとなった。

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