世界樹の下で①


目を開けると、ログアウト前と同じように薄い光の中に埃がキラキラと舞っている。


その様子がやけに綺麗で、俺はしばらく仰向けのままその情景をぼんやり眺めていた。


『おかえりなさい。アマテラスの休眠時間は現実世界で……』


聞き慣れたあのアナウンスがないと、何だかクダラノに戻ってきたというかんじがしない。


あえて設定しなければ、こんな静かに1日が始まるということをすっかり忘れていた。


「アタル、起きて」

「ちゃんとログインできてる?」


しかし、その静寂は騒々しい声にすぐに破られた。


寝転がったままの俺を、ミドリコ、ヒロカ、アカネの顔が心配そうに覗き込む。


「ああ、ちょっとボーっとしてた」


言いながら起き上がると、そこは確かにログアウトをしたあの共同安置所だった。


俺達の周囲では、今も無数のアバターが次に起動する時を待って静かに眠り続けている。


「ほら」


そんな俺を、アカネがその褐色の手でベッドから起き上がらせた。


相変わらず露出の高い衣装に、目のやり場に困ってしまったが。


「早く行くよ」


その顔は、心から楽しそうだった。



 「おお、また来たか」

「久しぶりじゃねえか」


壊れた武器屋は、やっぱり目下もっか修繕中であった。


最後に見た時に比べれば それなりに片付いたものの、元通りになるにはまだ少しかかりそうだ。


「皆も元気そうでよかった」


ヒロカが言ったように、そこには前回と同じ顔ぶれが集まってちょうど昼飯を食べていた。


「お前らも食っていけ」


店の奥から出てきた武器屋のオヤジがぶっきらぼうに言う。


「いや、申し訳ないです」


ミドリコが遠慮するように、手伝いに来たのに飯をおごってもらったのじゃ本末転倒だ。


「いいって言ってるだろ、余ってんだから」


そんな怖い顔で弁当を差し出されてしまうと それ以上断る訳にもいかず、有難く俺達も唐揚げ弁当のお相伴にあずかることになった。


「それじゃ、改めて。……この優しき世界にー」

「かんぱーい」


俺達が加わると、皆が楽しそうにグラスを持って迎えてくれる。


どうやら昼間っから飲んでいたらしい。


「気にするこたあないさ。この武器屋も義援金を貰えたから大分 楽になったしな」


オヤジとのやり取りを見ていたのか、床の木材に座った俺達に手伝いの近所のおっさんが言う。


「義援金?」


アカネが早速唐揚げを口に放り込みながら聞き返した。


「スィーティーが町の復旧のために寄付してくれたんだよ」


と答えるものの、意味が分からない顔は不思議そうに傾げられる。


「ああ、お前らはガチの初心者だったな。いいか? このクダラノの世界では強さを決めるトーナメントって大会があって、それで毎年プレイヤーの強さの序列が決まるんだ」


おじさんが説明を始めると、ヒロカが「聞いたことある」と呟いた。


「そこで10位までになった奴をランカーと呼び、更に5位以上がトップランカーとされる。スィーティーは去年今年と5位を獲得した超大物プレイヤーなのさ」


何故か得意そうに披露された情報を客観的に聞くとトップランカーとはやけに凄い人々に思えるが、そうでもないということは俺が一番よく知っている。


「へえ。じゃあ、この世界で一番強いのがアマテラスって人なんですか?」


突然ミドリコの口からその名が出たので、俺は危うく飲んでいたウーロン茶を噴き出しそうになってしまった。


「よく、そんな名前知ってたな」


ちょっとむせながら聞くが、当のミドリコやヒロカ、アカネも逆に冷めた目で俺を見る。


「それくらいは一般常識でしょ」

「ニュース見てれば、普通に名前聞くし」


そうなのか。俺自身にそこまでの実感はなかったが……。


「ああ、アマテラスはトーナメントが始まって以来の不動の1位。トップランカーの中でも格が違う」

「この間はスィーティーと一緒に現れたが、普段はどこで何をしてるか分からない謎に包まれた生ける伝説的なプレイヤーだ」


自分の前で自分のことを語られるのは、何とも居心地の悪いものである。


ちなみに普段は普通に学校に行っているので、あまりログインする時間がないだけだったりする。


「何だかすごい人なんだな」


しみじみとアカネがこぼした一言に、弁当を食べていた人々はうんうんと頷く。


「しかし奴の強さはちょっと有り得ない。後からどれだけ新進のプレイヤーが出てきても全く追いつけないし、むしろ差が広がる一方だ」

「とにかくレベルの上がり方が尋常じゃないんだよ」

「あまりに圧倒的なせいで、不正疑惑や実は開発者なんじゃないかって噂が昔から絶えない」


口にされる様々な意見は耳に入れないようにして、俺は黙って弁当のご飯をかき込んだ。


「えっと、アマテラスの話は分かったけど。要はそういう上の立場の人達が復興の手助けをしてくれてるってことなんだ?」


皆が好き勝手に喋るずれた話題を元に戻してくれたのはアカネだった。


そういえば、最初はその話をしていたのだ。


「ああ、そうだった」

「まあ、そういうことだな。このクダラノには相互協力、ノブレス・オブリージュ、お互い様精神ってのがあってだな」


これまた懐かしい言葉だ、と心の中で思いながら俺は黙って添え物のほうれん草のお浸しを口に放り込んでいた。

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