秘密基地⑤

そんなことを思いながら食べ終わった食器を洗っていると、しばらくして再びチャイムが鳴った。


今度はエントランスからの呼び出しではなく、この部屋の玄関に付けられたものが直接鳴っているらしい。


「両手塞がってるからドア開けてくれない?」


続いてそんな声が聞こえてきて、慌てて俺は廊下に向かった。


そういえば宅配を受取りに行くと言っていたのだった。


「今、開ける」


だから、特に何も考えずにドアを開けた俺は。


「君……誰?」


見知らぬ大人の男女と、しばし見つめ合うことになってしまった。


「……え」


フリーズした頭で思ったことは


あ、何か見たことある人達。


立っていたのは、廣花の両親だった。


 

 そこからの記憶はあまりないのだが、主に廣花の母親から激しく問い詰められ、とにかく怪しい者ではないという弁明を繰り返していた気がする。


そこに碧子と茜を連れた廣花が戻ってきて(エントランスで会ったので一緒にスーパーで買い物をしていた)、漸く俺が一人娘の部屋に上がり込んだ不届き者という誤解は解いてもらうことが出来た。


「ごめんなさいねー。廣花に男の子の友達なんて今までいたことなかったから」


改めて6人でリビングのテーブルを囲み、母親が笑いながら言うので俺もいえいえと頭を下げた。


ちらりと盗み見た美人は、映画の予告やCMなんかで何度も見かけたことがある。


父親のほうはずっと黙り込んでいるが いかにも渋いイケオジという風貌で、数年前ハリウッド映画に出て何かの賞をもらったとかいうニュースを見た気がする。


世の中に疎い俺が知ってるということは、要するに2人とも相当有名な人だ。


「もう、パパもママも亜汰流にちゃんと謝ってよね」


キッチンから紅茶をお盆に乗せて戻ってきた廣花が両親に怒っている。


「だって、貴女がお友達とこの部屋使うなんていうから。てっきり女の子ばっかりだと思うじゃない」


そう言ったように、手伝いや差入れを兼ねて様子をうかがいに両親揃ってこのマンションを訪れたということらしい。


すると そこに出てきたのが見たこともない陰キャ男子だったのだから、まあ騒ぎたくなる気持ちも分からないでもない……。


「平気ですよ。亜汰流に男らしさは皆無っすから」


そして、褒めてるのか けなしてるのか分からぬフォローを横から茜が入れてくれた。


「男とか女というより、亜汰流っていう生き物ですね」


続けて碧子までそんなことを大真面目な顔で言う。


俺、そんな風に想われていたのか?


「茜ちゃんと碧子ちゃんがそう言うなら、まあ信じるけど。とにかく、あんまり遅くまでゲームばっかしちゃダメよ」


それだけ言うと、出されたお茶に手もつけず廣花の両親は立ち上がった。


「もう行くの?」

「そうよ、パパはこれからアメリカなの」


慌ただしく立ち去る両親に、一応立ち上がって頭を下げる。


彼等と見送りの廣花が出て行くと、やっと部屋の中は静かになった。


「亜汰流って、いつも間が悪すぎだろ」


漸く一息つけた俺を見て、隣に座った茜がケラケラと笑う。


野球観戦からそのまま来たようで、上半身は白いユニフォームを着たままだ。


「笑いごとじゃないって」


「あ、そうだ」


がっくりと項垂れる俺の様子には構わず、ふいに呟いた碧子は玄関のほうへ出て行った。


なんだ? と思っていると、戻ってきた手に持っていた段ボールをドンとテーブルの上に置く。


「これは?」

「クダラノの機械? 廣花がネットで頼んだんだって」


確かに宅配の送付状には『ゲーム機』と書かれていた。


「わざわざ、こんな物まで買ってくれたのか」


てっきり誰かのスマホからログインすればいいと思っていたのに。


据置は決して安い価格のものではない。


この部屋といいゲーム機といい、さらりと用意してしまうあたりさすが金持ちは違う。


 「ごめん、お待たせ」


ゲーム機の接続を終えた頃に、両親を見送った廣花は部屋に戻ってきた。


「大丈夫だったか?」

「うん。亜汰流にもよろしくって言ってた」


その言い方からするに、とりあえず不審者ではないと認めてはもらえたらしい。


ほっとしつつ周囲を見ると、いつの間にか碧子と茜は床の上に座り大型のクッションにもたれ掛かかっている。


「じゃ、そろそろ行きますか」


続いて同じように青いラグの上の腰を下ろした廣花が俺を見た。


「ああ」


ゲーム機の準備はOK、窓の外はもう夕焼け空に変わっていた。


いつもの手順で機器を起動し、見慣れたオープニングムービーと音楽が流れ出す。


「じゃあ、行くぞ」


俺達は、1日ぶりにクダラノワールドへとログインした。

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