秘密基地④
「どうせ陰キャで悪かったな」
「まあ、それもそうなんだけど」
否定しないのかよ。と心の中で思ったが、彼女もそれとなく言葉を探している。
「誰でも小さい頃は、自分が主人公だと信じてるでしょ? でも私達くらいの年齢になると、自分はそうじゃなかったんだって気づく」
唐突にそんな話をされて、俺はポカンと口に運んでいた途中のスプーンを宙で止めた。
「だから他人に向かって主張する。自分はこんなに凄い人間なんだ、他の奴より優れてるんだ、って」
「ああ」
意図は掴めないままだが、その言葉に心あたりのようなものはあった。
人は自分を人より大きく、優位に見せたい。
自己顕示欲と言うと大袈裟かもしれないが、それは特に思春期の若者なら誰でも持っているものだろう。
「この間の小林とか、ああいうかんじ?」
そう聞くと、「そうそう」と廣花は笑い
「でも、亜汰流はなんか違う」
ポツリと言った。
どうやら、それが“雰囲気が違う”というやつに結びつくらしい。
「そんなことないと思うけど。っていうか、誇れるものが無いってだけだろ」
「ううん」
別に
「必死にアピールしない余裕っていうか。なんだか余程自分に自信があるのかな、って思ってた」
真摯に話す廣花に少なからず俺は驚いていた。
クダラノの中でアマテラスは時に神格化さえされる存在もあり、その影響力はゲーム内だけでなく現実社会にも及んでしまう。
そうすれば自然と立ち振る舞いや発言にも気を配らねばならず、自分で言うのも何だが俺は他の同世代より少しだけ大人びているとは思う。
ならば、そんな性質を喋ったこともなかった廣花が見抜いていたことになる。
「それは……買いかぶりすぎだろ」
なんと答えて良いか頭が回らず、カレーをかき込みながら話題をはぐらかした。
「だから私、前から亜汰流に興味があったんだよね。この間の授業でグループに君を誘おうって言い出したのも私なんだ」
「そうなんだ」
あのギャルゲーのような展開には、そんな事情があったらしい。
「けど、俺なんかそのへんの奴と同じだよ」
実際、廣花が思ってくれているような凄いところなんて何もない。特にこのリアルな世界では。
「でもさ、亜汰流は私に両親のこと聞いてこなかったじゃん?」
「両親て」
例の芸能人をやっているという?
「私ね、小さい頃から初めて会った人には必ず両親のことを聞かれる人生なの。この学校に入学した時も、ほとんどの生徒と先生から質問攻めにされた」
「ああ」
「でも、亜汰流は私が誰かなんて気にもしてなかったでしょ」
確かにそうだが、それは俺がテレビやネットをほとんど見ないからだ。
「別にそれは、廣花が思ってるような俺が特別な何かを持ってるってことにはならない」
むしろ社会性や協調性の無さのせいであって、決して褒められるようなことではないだろう。
「私、中学までは有名人の子供とかが
スプーンを食べかけのカレーの脇に置いて語る表情は物憂げで、俺は黙ってその言葉に耳を傾ける。
「自分らしく生きたい。なんて思って高校は普通のところを選んだんだけど、ここでも私の価値はパパとママの娘ってだけ。ここでもまた同じか、ってへこんでたところに亜汰流みたいな奴がいた」
「“こいつ、面白れぇ男だな”ってやつ?」
ちょっと茶化して言うと、やっと廣花に笑顔が戻った。
「自分が何者かって悩んでた私は、何も持ってないくせにやけに胸を張ってる君に魅かれたのかもね」
俺がアマテラスとしてのキャリアを持っていることを知らないのにそこまで見抜くとは、
「だから」
チラリと、その綺麗な瞳が俺を見上げる。
こんな話をされて、段々と現実が追いついてきた俺も心なしか頬が熱くなってきた気がする。
いや、これはきっとカレーの辛さのせいだ。
「だから、私は……」
ピンポーン
何かを言いかけたその言葉は、ふいに鳴り響いたチャイムによってかき消された。
互いにビクッと体を跳ね上げ、気まずくて反対側を向く。
「あ、宅配頼んでたんだった」
誰にともなく言って立ち上がった廣花が、室内インターホンの前で何かを話すのを俺は残ったカレーを食べながら聞いていた。
「ちょっと、エントランスに受取りに行ってくる」
「あ、ああ」
こちらを振り向いて言った声にぶっきらぼうに答えると、やがて玄関を出て行く音が聞こえる。
何だか調子が狂う。
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