秘密基地③
その廣花の言葉通り、翌日の土曜日、俺は繁華街へと連れ出されていた。
よく事情を飲み込んでいないまま。
「とりあえず、テーブルとラグはあったほうがいいよね」
午前10時に一度学校前に集合し、廣花と2人その足で繁華街のモールへと移動した。
そこで彼女は目につく品物を次々と購入し、その荷物は俺に渡してくる。
どんどん大きな袋や箱を持たされ、もう終わりかと思うと、また次の店へ。
「おい、これって」
「亜汰流ってカレー好き? あ、でもクダラノの中にいる時は関係ないのか」
そして、色々と聞きたいことはあるのだが、こんな調子で話が噛み合わない。
さすがに振り回されているこの状況に段々イライラしてきた。
何が悲しくて、折角の土曜日に訳も分からず荷物持ちをしなくてはいけないのか。
だが、それ以上に厄介なのは。
「ねえ、いま一人?」
前を歩く廣花に、2人組のチャラそうな男がチャラそうな声をかける。
さっきから、もう幾度となく見た光景だ。
制服ではなく小花柄のワンピースを着た廣花は歩くだけで目立ち、すれ違う男達はもれなく振り向くという有り様だった。
「すみません、彼氏と一緒なんで」
と、チラリと俺へ視線を向けて断るのももう何度目か。
その度にナンパ男には睨まれ、嘘だとは分かっているが俺自身も気まずい思いをさせられる。
「なあ、廣花。いつまで……」
「うん。買い物は、これくらいでいいか」
さすがに肩身が狭くなってきて、近づいて尋ねた俺に意外にもあっさりと彼女は答えた。
「え?」
「そろそろ帰ろうか」
「どこに?」
「
その足でモールからバスに乗って15分、降りたバス停から歩いて5分のところに廣花が言う家はあった。
「ここって」
「私の家、っていうか部屋?」
2人並んで見上げたのは、新しめの高層マンションだった。
大荷物を抱えた俺を置いて、そのパンプスの足はスタスタとエントランスへと入って行く。
「私の、ってどういうことだ?」
「私の実家って学校からちょっと遠いの。だから入学した時に親がここに部屋を借りてくれたんだ」
そう話しつつ、廣花はコンシェルジュデスクに座ったお姉さんに会釈をして通り過ぎる。
「じゃあ、ここで一人暮らししてるのか?」
「ううん。結局 実家から通学してるから、ここは使わないままになっちゃってた」
エレベーターホールの前に立った白い指が、17階を押した。
「廣花の親って」
「二人とも芸能人」
「ふーん、やっぱり金持ちは違うんだな」
開いた扉に乗り込みながらしみじみ呟いた俺に、廣花は何も言わなかった。
エレベーターが再び開くと、パンプスの足が先に17階のフロアへと降りる。
今更気づいたが、両手と背中に荷物を持った俺とは対照的にその体には斜めがけのショルダーバッグが一つだけ。
せめて持ち物一つでも引き取ってくれないかと思ったが、その言葉もそっと心の中にしまった。
「ここ」
そんな廣花がカードキーで開けて招き入れてくれた部屋は、使わないままと言った通り本当に何もなかった。
部屋じたいは広いワンルームにキッチンと水回り。
家具は一つもなく、傷一つないフローリングが射し込む陽射しを反射しているだけ。
確かに大きいラグを買ってきて良かったと思った。
「ここを、セットするってことか?」
「そういうこと。碧子と茜が来るまでにね」
やっと俺にも昨日からの流れが理解できてきた。
廣花は使っていない自分の部屋を持っている→クダラノをやるなら4人でその部屋を使おう→けれど何もないから集合時間までに諸々用意をしなければならない→用事のある碧子と茜に代わり、俺と廣花が準備をする。
そして今に至る、ということだ。
「それじゃ、このデ…ィフューザー? ってやつはどこに置くんだ?」
とりあえず買い物袋から香水の瓶のような物体を取り出して尋ねるが、廣花の姿は既にこのリビングではなく隣のキッチンへと向かっていた。
「ああ、そのへんは任せるから適当にやって」
買い物袋の中からパステルイエローのエプロンを取り出し、面倒そうに俺に言いつける。
「ここは、お前の部屋だろ」
「任せるって。亜汰流の好きにしていいよ」
なんて言われるが、女子の部屋を
というか、見たこともない正体不明の物体ばかりで俺の手には余る。
「そんなこと言っても」
「適当でいいから」
「俺に任せて廣花は何するんだよ」
謎の瓶を手にしたまま抗議する俺を、買い物袋から包丁を取り出しながら廣花は言った。
「お昼ご飯作る」
俺がリビングで部屋の設置をしている間、廣花はマンションの隣にあるスーパーで買ってきた野菜の皮を剥いたり切ったりしていた。
ラグを敷き、観葉植物を置き、よく分からないオブジェを飾ったりしていると時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかキッチンからは良いにおいが漂ってくる。
「はい、ご苦労様」
組立式のチェストを作り終えた頃、買ってきたばかりの皿に廣花はカレーをよそって持ってきてくれた。
腹も空いていたので、設置したばかりのテーブルでそれを食べる。
碧子が料理上手と言うだけあって、確かにそのカレーは美味かった。
しかし、どうして俺達は2人並んで飯を食っているのか。
「亜汰流ってさ」
自然とこんな状況になっていることに ふと疑問を抱いた俺に、独り言のような声が聞こえてきた。
「ん?」
「何か、他の男子と雰囲気違うよね」
オレンジジュースに口をつけながらそんなことを言われ、首を傾げた。
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