秘密基地①


 翌日は金曜日で、学校内にもどこかゆるんだ空気が漂っていた。


 「よーし、今夜からぶっ続けでクダラノやるぞ!」

「あー、これ また徹夜だわー」


朝のホームルーム前のクラスでは、集まった小林、竹内、木暮が大きな声ではしゃぎあっている。


あんなことがあったのに懲りてないな……。と思ったが、俺がどうこう言うことでもない。


「昨日のモンスターすごかったよな」

「あんな場面に遭遇できるなんて、相当レア体験じゃね?」


しかし、小林達とは別のグループのそんな会話が聞こえてきて、つい俺はピクリと反応してしまった。


「トリアエズが襲われたとか大ニュースだろ」

「海外の掲示板もその話題で持ち切りだったって」


確かに、初心者ばかりの町が下手したら壊滅するところだったというのはかなりセンセーションな出来事だ。


ましてトリアエズの町は、プレイヤー全員がプレイ開始後しばらく留まることになる馴染みのある土地。


こんな風に話題になるのは当然だ。


「それで昨日の夜、アマテラスとスィーティーが支援活動みたいなのやったんだってよ」


そして、そのことが取り沙汰されるのも承知のうえ。


「まあ、トップランカーは金持ってんだから当然っしょ」

「2人に会えるなら、その時間に潜ってれば良かったわあ」


人の感じ方は様々。

噂話は聞き流すくらいが良いのだと、俺はもうだいぶ昔に悟っているはずだ。


「おはよー」


徒然とそんなことを考え机の上に突っ伏していると、教室に入るダルそうな声が聞こえてきた。


「おはよう」

「寝ぐせついてるよ」


戸田 茜が、既に席に座っている天野 碧子と榎 廣花の元へ大きなあくびをしながら近づいて行く。


俺は、昨日彼女達とクダラノをログアウトした時から気になっていたことがある。


一つは、碧子のバトルプレイへの興味をさまたげてしまったこと。


もう一つは、武器屋の修繕を途中で抜けることになった時のアカネの残念そうな表情。


「茜」


彼女が碧子と廣花の向かいの机に行儀悪く座ったのを確認した俺は、勢いよく立ち上がった。


実際は、こんな行動には物凄い勇気が必要だった。


でも、うじうじ考えたって仕方ない。


世の中は俺が思っているよりも寛容で、実はいい奴も多い……。


昨日、そのことを教えてくれたのはこの3人だったのだから。


その顔を見たら、悩むのはやめてに声をかけよう。

そう昨日から心に決めていた。


「おう、亜汰流おはよう」


そして、俺の行動は間違っていなかった。


茜は、に笑顔で右手を上げてくれた。


「あ、ああ」

「そっちから話しかけてくるなんて珍しいじゃん」


組み直すミニスカートの脚から目を逸らし、俺は一つ咳払いをする。


「あのさ、もし良ければなんだけど」


落ち着け、そして昨日 頭の中で考えたセリフを間違えずに伝えろ。


自分に言い聞かせ、俺は派手なメイクの茜の顔を正面から見据える。


「もう一度、クダラノに行かないか?」


ちゃんと言えた。


その事実にまずはほっとした。


「クダラノって」

「あ、ほら。あの武器屋を直すのを手伝ってるのが途中になってただろ。それで、お前が名残惜しそうな顔してたから。まあその気があればってことなんだけど」


我ながら早口で喋る俺を、茜の後ろで碧子が小さく笑いやがる。


そんな状況にちょっと冷静になり、口を閉ざした俺だったが。


「うん、いいよ」


茜から返ってきた返事は、とても呆気ないものだった。


「え?」

「ていうか、行かないつもりだったん? うちは最初からそう思ってたんだけど」


逆に顔をしかめられて、ちょっと慌てた。


「いや、そういう訳じゃ」

「それじゃ、また集まる場所と時間決めようよ」


言いながら鞄の中からスマホを取り出す仕草。


その様子を眺めていた俺だったが。


「何してんの、早く連絡先教えてよ」


スマホを弄びながら、茜が口を尖らせる。


「あ、ああ」


なるほど、そういうことか。


慌てて自分のスマホを席まで取りに行こうとしたのだが、タイミング悪く担任が教室に入ってきてしまった。


「とりあえず、また後で」


それだけ言い残し、俺は自分の席に戻った。


まあ、互いの意思確認が出来たのだから連絡先交換なんていつでもいい。


これで、また4人でクダラノへ行くことは決まったのだから。


そのことを改めて確認した俺は、謎の達成感を感じつつ1限の授業を受けることが出来たのだった。


 ……だが。


「亜汰流」


茜に呼び止められたのは、昼休み。


「ああ、連絡先だろ」


購買に行こうとしていた俺は、スマホを取り出そうとカーディガンのポケットをまさぐった。


「じゃなくて」


なのに、どうしてかその手は俺の体を引っ張って教室から廊下の隅へと連れて行く。


「なんだよ」


何故か不満そうな顔をしている茜を見返すと、これまた呆れたようにため息をつかれた。


「あんたさ、クダラノに行くのに廣花を誘った?」


そして、そんなことを聞かれた。


「なんで?」


さっぱり意味が分からない。


また これ見よがしにため息をつく茜。


「だって、碧子と茜が行くなら廣花も行くに決まってるだろ」


当たり前に思っていたことを口にしたが、今度は大袈裟に肩をすくめ


「亜汰流って、彼女いたことないっしょ」


見下すように言われてしまった。


「そ、それとこれと何の関係があるんだよ」


……どうして分かったんだ。


「女心が分かってないってこと。私と碧子を誘ったのに自分は何も言われないとか、廣花が傷つくじゃん」

「何でそうなるんだ」


この流れで何がどうなってその結論になる? 本気で俺には分からない。


「とにかく、ちゃんと亜汰流の口からあの子も誘うこと」

「でも、廣花ってそんなこと気にするタイプか?」


見た感じ、3人の中でも一番クールな印象だったのだが。


「ああ見えて結構ツンデレちゃんなの。ちゃんと機嫌とりなよ」


それだけピシャリと言い残し、茜は去って行った。


ギャルは思ったよりもいい奴だが、やっぱり乙女心は難しい。


俺は、そんな現実に立ち尽くした。

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