go home③
「アマテラスのお陰で復興も早く進みそうだね」
トリアエズの町の一番高い場所にあるカフェ。
そのテラス席に座った俺は、隣からのスィーティーの声に答えられなかった。
結局、あの後スィーティーが持ってきた小瓶は町の住民で平等に分け合うことに落ち着いたらしい。
とはいえ今ログインしていないプレイヤーとも話し合わなければならないし、まだまだ時間がかかることになるだろう。
「ちんたらやってたら遅くなるだろうが。お役所気取りかよ」
と吐き捨てた住民もいたが、それはその通り。
「資材は私の領地じゃ調達できないし、アマテラスがいて良かったわ」
スィーティーが言うように、木材は俺の『天空に浮かぶ城塞』の森から切り出してきたし、足りていない部品や道具なんかは複製魔法で必要な分だけ作った。
「それでも、俺は正論ばっか振りかざす水差し野郎だよ」
いつも上から目線で偉そうなことを言って、その場を乱す。
ランク1位だからって、ルールを決められる訳でも、人より偉い訳でもないというのに。
「でもさ、本当は皆ちゃんと分かってるよ」
そんな俺ではなく、目前の街並みを見下ろしながらスィーティーは言った。
「……分かる?」
「そういうのって誰かが言わなきゃいけないっしょ。ゲーム内とはいえ、現実と同じように何かを決めるべき時ってのはある」
その横顔につられて俺も街へ目を向けると、折れた柱を運び出すあの武器屋のオヤジの姿を見つけた。
「ここには国籍も年齢も思想も違う何億って人間が集まってる。それをまとめることが出来るのは、やっぱり1位って称号を持つ人になっちゃうと思う」
オヤジの元にスィーティーの小瓶を持った男が駆け寄ってそれを渡そうとしているが、どうやらそれを拒否している様子だ。
あのオヤジの性格からして、人から金をもらうなんてことを良しとしないのだろう。
「アマテラスがクダラノに正しいルールを築き、優しい世界にしてくれたこと。皆 心から感謝してる」
俺はまたもや言うべき言葉を持ち合わせていなかった。
スィーティーは買いかぶり過ぎだ。
俺はそこまで考えて何かしてきたのではないし、ご立派な人間でもない。
武器屋のオヤジは、申し訳なさそうに何度も頭を下げて小瓶を受け取っていった。
「そう言ってくれる仲間がいて、俺は幸せ者かもな」
それでも、そう呟いた俺にスィーティーは笑みを向けてくれた。
「……まあ、でもあんまりお人よしも良くないからね」
いいかんじで会話がまとまったというのに、ふいの思い出したような声に俺は顔をしかめる。
「なんだよ、急に」
「そういう『優しい世界』を嫌いな奴もいるってこと」
遠まわしに言われたものの、それには心当たりがあった。
「イクリプスとかって連中か?」
その名に嫌そうな反応をされたのが正解のようだ。
「そんな大層な名前が勿体ないゴロツキみたいな奴等だ」
スィーティーが吐き捨てるように言ったイクリプスとは、現状のクダラノの体制を変えようと望む勢力のことらしい。
俺も詳しくは知らないが、ここ最近よく名前を耳にするようになった。
「今のクダラノはアマテラスが中心になって作り上げたもの。それが気に入らず、もっと弱肉強食の世界観にしていこう主張をしてるみたいなんだ」
憤慨したようにスィーティーは言うが、俺は別に決まった規則や罰則を作ったことはない。
ただ、このゲームに関わった全員が楽しくゲームが出来れば良い。
そう思ってやってきただけなのだが。
まあ、それが今日みたいにウザがられる原因になったのだろう。
「あはは。何かヘンなこと言っちゃったね」
そんな俺の様子に気づいたのか、スィーティーは自ら話を打ち切り手元のカップのお茶を飲み干した。
「それじゃ、私はそろそろログアウトの時間なのだ」
顔を上げると、既にバルコニーの横にはピンク色のゴキブリが宙をボバリングしている。
「ああ」
「アマテラスも送って行こうか?」
そんな誘いを、礼を述べつつ俺は断った。
「ちょっと、寄ってく場所があるから」
カフェを出て1人で街を歩けば、周囲から激しく視線は感じるものの近づいてくる人はいない。
シュヴァートやスィーティーはすぐ人に囲まれるのに、この違いは一体なんなのか……。
内心ちょっと傷つきながら、目的地のある大通りへ向かって角を曲がった時。
「アマテラス!」
背後からの大きな声に、俺は足を止めた。
「待って!」
振り返ると、全力で俺を追いかけてくる少年の姿。
あれ、この子は
「お、俺、ずっと、アマテラスに憧れてて……っ」
息をきらしながら必死に喋るのは、アビーという昼間 俺に回復薬をくれたあの男の子だった。
「ああ、そうなんだ」
アマテラスは表情の起伏が少ないといわれる。
それが怖がられる一因であることを俺も知ってるので、なるべく優しい口調で彼に語りかけた。
「すっげえ強くて、昨日もやっぱりまたトーナメントで優勝したし」
「うん」
「それに、どんな魔法も攻撃も両方完璧に使いこなしてさ」
「うん」
手放しで褒められると、何だかこそばゆい。
最近は当たり前になっていて、改めて強いなんて言ってもらえることがなくなっていたような気がする。
「でも何より、皆に優しいから」
その瞬間、ぱっと視界が明るくなったような気がした。
「……あ」
「いつも、俺達のこと守ってくれてありがとう」
にこりと大きく笑い告げられた言葉に、俺はちゃんと応えられただろうか。
「これからも、頑張って!」
そう一生懸命に伝えてくれたアビーは、夕暮れが近づく空の下を去って行った。
自分でも単純だとは思いつつ、あれほど憂鬱だったのに今は鼻歌でも歌い出したいような気分だった。
思えば、こんな風に普通の町をブラブラと歩くのは本当に久しぶりだ。
たまには買い物でもしようかなんて考えて辺りを見回していると、『共同安置所』と刻まれた木の看板が目に入る。
そういえば、昼間俺達がアバターを寝かせた安置所はここからすぐ近く。
もう1人の自分やミドリコ達の体がどうなっているか確かめたいという思いもある。
しかし、さすがにアマテラスの姿でそんな場所に入ってゆくのはいらぬ噂を呼ぶことになりかねない。
まあ、ミドリコともまた来る約束もしたし、今日はいいか。
今日の夕暮れの帰り道
『碧子が良ければだけどさ、また一緒にクダラノに行かないか?』
そう聞いた俺に、夕陽に染められた顔はにっこりと頷いてくれた。
その場面を思い出したら少し不気味な笑みを浮かべていたようで、俺の動向を注視していた連中は気味悪がっていたようだった……。
そうこうしているに、
軽やかなベルを鳴らし、俺は『土地管理事務所』と看板を掲げた建物のドアをくぐった。
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