go home②
スィーティーの家はレベル888エリアの奥深くにある。
レベル888はとにかく悪趣味だ。
迷いの森と毒の沼と幻覚を見せるモンスター達で構成され、対策をしないで立ち入ればたちまち催眠魔法か毒電波にやられてお陀仏となる。
原色の赤や青、黄色といったカラフルな森の更にその奥深くに、スィーティーは数年ほど前から居を構えていた。
屋敷は森の毒々しさに負けず奇抜な見た目で、色合いこそパステルなピンクや水色といったファンシーなものだが、色味がゴチャゴチャし過ぎていて俺には全く可愛いと思えない。
玄関にかけられた人食い花のリース、リボンをつけた目玉の偵察機、首が取り外せるペットの猫など意味不明な連中がウヨウヨしている。
高熱が出た時に見る夢の世界が詰め込まれた、まさに悪夢のような様相だ。
そんな彼女の家に立ち寄った俺は、必要なものだけを持ち出して早々にそこからはお
喋るカップに入った赤いドロリとした正体不明の飲み物を出されたが、丁重にお断りしたことも付け加えておく。
「到着!」
その足でピンク色のゴキブリに乗せられた俺は、レベル0エリア ― トリアエズの町 ― へと連れて来られていた。
「どう? 懐かしいでしょ」
「あ、ああ」
ウサ耳の片方をぴょこんと立てたスィーティーに言われ、慌てて俺は頷く。
ついさっきまでこの町にいたのだから懐かしいはずはない。
しかしその時の俺は『アタル』で、ここにいたことは内緒なのだ。
危うく墓穴を掘ってしまいそうだった自分に活を入れ、改めてゴキブリの背中を見つめた。
「それで、どうするつもりなんだ?」
彼女の家から持ってきたのは、抱えきれないほどの小瓶。
嫌な予感を隠しつつ、念のため尋ねたのだが。
「もちろん、こうするに決まってるっしょ」
言うが早いか、スゥっとウサギの口に大きく息が吸い込まれる。
「トリアエズの町のみんな~、救援にきたよー!」
町の入口で大きく叫ばれた声に、俺は嫌な予感が当たったと確信した。
「あれって」
「スィーティーじゃない?」
「本物!?」
シュヴァートの時と同じように、途端に上がる悲鳴のような歓声と人々が駆け寄る足音。
スィーティーはトーナメントで5位を獲得したばかりのトップランカーで人気者。
こんな風に注目を浴び、たちまち囲まれるのは予想の範囲内。
だが。
「隣のって」
「……え、アマテラス?」
「嘘だろ?」
プレイヤー達が俺を見る目は、それと同じではなかった。
「あの、本物のアマテラス様ですか?」
「うわ、実在してたんだ」
そう話しかけてくれる人もいるが、その態度に距離を感じてしまうのは俺の気にし過ぎではないだろう。
「さあさあ、お立合い」
そんな微妙な空気を知ってか知らずか、スィーティーは魔法で取り出した敷物の上に小瓶を広げた。
「私が発明した楽々持ち運び用アイテム。この中に、寄付のお金を入れてあるから、必要な人は先着順で持って行……」
「ダメだ」
集まった皆が目を輝かせる中、そこまで
「ん?」
スィーティーは不思議そうに顔を傾け、プレイヤー達はどこかうんざりとしたように顔を見合わせる。
きっと彼等にとってこの救援はとても有難いものだろう。
被害に遭ったら何より必要なのは金で、それで大抵のことは解決できる。
突然現れた人気者がゲリラ的に慈善活動を行えば誰もが沸き立つのは当然だ。
けれど。
「この数では全員に行き渡らないし、本当に被災した人か分からない。面倒だろうが、町の代表者に預けて話し合いで使い道を考えるべきだろ」
今ここにいなかったり、寄付金が欲しいと言い出せないプレイヤーもいるかもしれない。
だから、これはトップランカーが行う行動として公平でない。と、俺は思ってしまうのだ。
しかし。
ああ、また余計なことをした
と思う気持ちも嘘ではなかった。
復旧に向けて雰囲気が盛り上がる中、空気を読まずお堅い持論で場を白けさせる奴。
俺が住民側だったら、ウザく思わないほうがどうかしてる。
面倒くさそうに俺を見る顔達から目を逸らし、人知れずため息を吐き出していたが。
「そだね、私が先走り過ぎたわ」
ゆるい笑顔を浮かべ、スィーティーは集まった面々に対してそう謝った。
「そんな、スィーティーは悪くないよ」
「うん。私、すごく嬉しかったのに」
女の子2人組が大きく首を振るが、スィーティーはその頭をポンポンと叩き微笑む。
「ありがとう。でも復旧は長期的、計画的に考えないとね。もちろん私達も全力で応援するからさ。ね?」
そう言いながらグイっと俺の腕を引き寄せる。その手は、やっぱりモコモコしていてちょっとくすぐったかった。
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