チャイム②

確かに精神が抜けた抜け殻の状態は、死んでいるといっても間違いではないのかもしれない。


「まあ、無料でアバターを置いておけるんだから、文句は言えないだろ」


さっきの説明のように、ちゃんとした寝室とベッドが欲しければ土地を購入し家を建てる必要がある。


無一文の俺達は、ここにお世話になるしかない。


「あ、あそこ空いてる」


キョロキョロと歩き回っていたアカネが、使用者のいないベッドを見つけてきた。


枕の方向が4つ集まる形になっているから、きっと以前も仲良し4人グループがここで眠りについたのだろう。


「じゃあ、ここでいいか」


その位置関係がちょっと気にはなったが、そんなことを言っている時間はなかった。


「どうすればいいの?」


俺の隣のベッドに寝転がったミドリコが聞いてくる。


「ここに入った時と同じ。現実に戻ると、念じる」


そう言いながら自分も身を横たえ、天井を見つめる。


安置所は静かで、薄く射し込んだ光に照らされた埃がゆっくりと舞っていた。


ログアウト


心の中で唱えると、「アタル」としての俺の初めてのクダラノワールドは終わりを告げたのだった。



 「本当に戻ってきた」


目を開けると制服姿のヒロカ……榎の顔が見えた。


「へんなかんじ」

「なんか懐かしい気がするね」


続けてアカネとミドリコ……戸田と天野もこちらに戻ってきて不思議そうに自分の体を見回している。


彼女達と親しくなった気になっていたが、こうして元の姿に戻るとやっぱりどこかに距離を感じてしまう。


「アタルはあんまり驚いてないね」

「うわっ」


そんなことを考えていると、急に榎に至近距離で覗き込まれて思わず椅子の上で飛び上がっていた。


「なに、人を化け物みたいに」


不機嫌そうに頬を膨らませる様子は、クダラノの中にいた時と変わらない。


「ま、とにかくアタルがいてくれて助かったよ」

「ね。ありがとう」


他の2人もまるで自然に俺へ顔を向けてくるから、なんだ気恥ずかしくなる。


「いや、それは戸田と天野がセンスが良かったからだ。もちろん榎も」


そう顔を背けながら言えば、3人は顔を見合わせ


「今更、他人行儀すぎ」


何故かアカネにほっぺたをつねられた。


「いてて、何するんだよ。アカネ!」


その手を振り払うと、横に立った顔はイタズラそうに笑う。


「ほら、そのほうが自然じゃん?」


と言われ、自分がつい「アカネ」と口走っていたことに気がつく。


「これは……」

「全員ちゃんと戻ってきたなー」


何だか一本取られた気がして憮然としたが、それも教壇からの田代の声で有耶無耶になってしまった。


「じゃあ、今日の授業はここまで。来週からはプログラムの実習になるから、教科書忘れるなよー」


そんな軽い口調に授業の終了を知らせるチャイムが重なる。


長かったのか短かったのか分からない5限目の授業はやっと終わった。


「あー、終わったね」

「あと1限かったるいわあ」


そんなこと話しながら立ち上がる、天野、榎、戸田。


いや、ミドリコ、ヒロカ、アカネは俺を残して教室を出てゆく。


それは いつもと同じ、自分とは当たり前のように住む世界の違う彼女達だけれど。


「ほら、次の授業始まるよ。亜汰流」


振り返り俺に微笑む姿は、つい1時間前までとはまるで違う景色だった。


「あ、ああ」


自然と返事をして立ち上がると、教室の隅でクラスの男子達からヘッドロックされた小林、竹内、木暮の姿が見えた。


「痛い痛いっ、やめて!」

「ああ? 何こっち戻ってきてまで指揮ってんだよ」


そう責められて泣き喚いているが、同情はできない。


ちょっとくらい痛い目をみろ、とも思ったが。


「お、折れる折れる! 死ぬぅ~」


その騒ぎ方があまりにも激しいのでちょっと心配になってきた。


さすがに助けたほうがいいのか? とも思ったが。


「大体、偉そうにしてた癖にあのモンスターにビビりまくってたよね」

「それな、口だけじゃん」


参戦してきた女子になじられた小林は


「いや、実はあれ俺が陰から支援したお陰で勝てたんだよね。素人には分からないだろけど」


また懲りずに嘘を吐いた。


「はあっ? まだ言うか」

「最低」

「あああ、痛い痛い、やめて!」


しかし、それは当たり前のように見破られて更に強く技をかけられる。


……もう放っておいていいか。


ため息をつきながら、悲鳴をしり目に俺はPC室を後にした。

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