最強ランカーはレベル0の捨て垢で地球を救いたい

チャイム①

「ゲーム内にセカンドハウスを作りたいとか、そのためだけにクダラノをやる奴なんかもいるらしいな」

「へえ、楽しそう」

おっさん連中に囲まれたアカネは思いのほか乗り気になったようだった。

「じゃあさ、あの木の下あたりにマイホーム建てたらいいかんじじゃない？」

次いで思いついたように口にした一言に、その場に集まっていた皆が顔を見合わせる。

「ガハハハ。残念だが、それは無理だな」

そして一斉に笑い声が上がるから、アカネはちょっとムッとしたようだった。

「まだ何も言っていないじゃん」

と口を尖らせるが、ここで「あの木」と言ったら大抵の人は同じものを思い浮かべる。

「最初にログインしてきた時に見た世界樹の木のことだろ？」

世界樹。

クダラノを始める際、一番最初に降り立つ草原の中にぽつんとある あの大樹のことだ。

それはクダラノのランドマーク的存在であり、全プレイヤーにとって初心にかえる懐かしい場所でもある。

「それが、どうしてダメなわけ？」

「あそこは、誰かの土地だからな」

アカネの問いに、大工のじいさんが煙草の煙を吐き出しながら答えた。

「土地？」

「プレイヤーは、それぞれ家を持てるってさっき言ったろ？」

「うん」

大工は俺達が全員初心者と気づいたらしく、一から説明をしてくれる。

「現実と同じさ。自分の家が欲しければ、まずは金を出して土地を買わなければならない。だから、このクダラノにも私有地が多く存在する」

そんな言葉にアカネ達は驚いていたが、そもそもこの武器屋だって私有地だ。

オヤジが土地を手に入れ、そこに店を建てて初めて商売を始められる。

突然現れたモンスターにぶっ壊されたら堪ったもんじゃないだろう。

「じゃあ、その世界樹の辺りは誰かのものってこと？」

横からヒロカが聞くと、大工は大きく頷いてみせた。

「そういうことだ。クダラノ内で一番有名といっても良い場所だから色んな奴が買いたがったがダメだった」

「しかも、かなり前からその状態だからな。所有者は相当古くからのプレイヤーじゃないかと言われてる」

そんなおやじたちの会話を聞きながら、アカネは憮然としていた。

「じゃあ、他の場所を探すしかないか」

ん？

そんなことをブツブツ呟く横顔に、つい俺は声をかけようとしたのだが。

『授業終了10分前。全員すみやかにログアウトするように』

突然目の前にポップアップが浮かびあがり、ご丁寧にアナウンスも聞こえてくる。

授業開始時に田代が設定した連絡用のメッセージだった。

「あ、すみません。私達、戻らなくちゃいけなくて」

同じメッセージを聞いたのだろうミドリコが、集まっていたプレイヤー達へ申し訳なさそうに声をかけ立ち上がる。

「ああ、そうか」

「兄ちゃん達、ありがとうな」

あっさりと皆がそう言ってくれるから、逆に拍子抜けなかんじだ。

「ごめん、最後まで手伝えなくて」

特にアカネは途中で離脱してしまうことを残念に思っているようだった。

彼女らしくない俯いた表情が、それを物語っている。

「なに、人にはそれぞれ事情があるもんさ。好きな時に好きな事が出来るのがクダラノのいいところだろ」

「そっか」

大工のじいさんにそう言われ、アカネは笑う。

「それじゃ」

「おう、気をつけてな」

町の共同安置所に向かうため、俺達は皆に手を振りその場を後にした。

ベテランのプレイヤーになるほど、繋がりのある仲間以外に「またな」とか「今度は」という言葉はあまり使わない。

相手を約束で縛りたくないとか、心にもないことを言いたくないとか、人と人のめぐり逢いは縁だと思ってるとか。

きっと、それぞれの考え方があるからだろう。

　クダラノの共同安置所は、エリア内の町や休息所に必ず一つはあるものだ。

このトリアエズのような初心者が集まる町なら尚更、至る所にそれは設置されている。

「ここだな」

武器屋から100mほど歩いた所にある『共同安置所』と書かれた看板をくぐると、扉の向こうは薄暗く端が見えないほどのスペースが広がっていた。

施設の両端には無機質な階段があり、見上げれば何階まであるのか分からない。

そして、その中には数えきれないほど無数のベッドが無造作に置かれていた。

「なんか、死体安置所みたいで怖い」

その光景を見たヒロカが呟いたように、ベッドには意識の抜けた大勢のアバター達がぴくりともせず眠っている。