トリアエズの町③
「いいか、特別サービスで教えてやるよ。そうだな、あの店の魔法の杖をお前らが買うにはどうしたらいいと思う?」
「それは、お金を稼い……」
「まずは金がないと話にならないんだよっ、知らねーだろうけどな!」
口を開きかけたミドリコを遮り、小林は高圧的に言った。
「クダラノってのは現実世界の縮図って言われてるんだわ。だから何をするにも金が必要。ここ理解できてない初心者は時間を無駄にしちゃうわけよ」
続けて近づいてきた竹内が俺のおでこを人差し指でトントンと叩く。
こいつらクラスでこんな奴だったか? なんか人格変わってるぞ。
「だから、とりあえずは資金を作るのが上級者だけが知ってる賢いやり方。そこで俺らの連合の先輩がやってる店のバイト紹介してやろうってとこだったんだよ」
そんな説明に小林達は悦に入り、初心者のクラスメイトは仕方なさそうに頷いていた。
まあ、確かにそれはそれで間違いではないと思う。
「でもさ、それって楽しいか」
だから こんな横やりはお節介かとも考えたが、俺の口からは そんな言葉がこぼれていた。
「はあ?」
下からガンを飛ばしてくる木暮と距離を取り、俺は作り笑いを浮かべる。
「俺もネットで知っただけの知識だけど。このクダラノの世界は、実際の時間の何倍かなんだろ?」
現実とクダラノにいる時とでは、時間経過が異なる。
その差異は約2.75倍と言われ、どうしてその数字かは俺でもよく分からない。
要は現実の世界では60分でも、クダラノ内では約2時間半ほどの活動が出来る。
体感時間は現実と同じだし長くプレイ出来る訳だから特にプレイヤーから文句などは出ていないシステムではある。
「それがなんだってんだよ」
やけに柄の悪くなった小林が絡むように怒鳴るから、周囲の人々が何事かとこちらを振り返っていた。
背後に立つミドリコ、ヒロカ、アカネも心配そうな顔で俺を見ている。
普段の自分なら、こんな場面で絶対に言い返したりはしない。
面倒くさいし、人とトラブルを起こして目立つのなんてまっぴらごめんだ。
けれど、それがこのクダラノに関することならば。
俺は、少しだけ責任を負わなければならない気がするのだ。
「彼らがクダラノに滞在するのは、多くてもその2時間30分程度。そのためにバイトしてまで金を貯める必要があるか?」
なるべく角が立たないように言ってみたが、小林達の後ろにいたクラスメイト、特に女子は小さく頷いている。
俺の印象になってしまうが、友達や彼氏に誘われてクダラノに来た女性はモンスター討伐やPvPには興味がない。
畑を育てたり、小物を作ったり、知らない人と友達になったりして楽しむというケースが多い。
当然そういう楽しみ方も正解であって、誰もがしゃかりきにレベルを上げ上位プレイヤーに憧れるはずという決めつけはいただけない。
「クダラノは世界中の企業がスポンサーになったり協賛してる。そういったブースではアンケートに答えるだけで少しだけど報酬をくれるところもある。経験者なら、そういう情報を教えてあげるほうがいいんじゃないか?」
俺がこんなに長文を喋ったのは何年かぶりだ。自分で自分を褒めてあげたい。
「えー、そっちのほうがいいじゃん」
「別に私レベルアップとかどうでもいいし」
俺の言葉を受けて、小林達の後ろにいた女子数人が騒ぎ出した。
多分だけど、これまでの強引なレクチャーに嫌気が差していたのではないだろうか。
「そうそう。たかがゲームで、なにマジになっちゃってんの」
ここぞとばかりに俺の後ろから煽るアカネ。
何となく、こいつの性格が分かってきた気がする。
「はああ? 面倒みてやったのに文句かよ」
「教えてやった分の金払えよな」
途端にキレ出す小林達はもはや見苦しい。
本当に、普段はどこにでもいるいい奴なのだが……。
とはいえ、クダラノ内で こういうプレイヤーはここ最近少なくない。
人口が多くなると、ヘンな奴、嫌な奴というのはどうしても増えるものらしい。
ゲームなのだから、先に始めた者はレベルも高いし、知識もある、戦闘力が強いのも当然だ。
誰だって初心者の時はあるのだから。
けれど、自分が相手より少しでも上に立ったと思った瞬間、人は変わる。それも悪気なく。
人は、本優越感を本能で欲する。
その言葉は悲しいが真理なのではないかと、俺はこのところ感じていた。
そんな訳で、目の前で喚き散らす小林達をどうするか。
そんなことに思案した時だった。
どこかから悲鳴が聞こえた気がした。
「なんだっ?」
「え、あれ」
俺が振り向いたのと、ヒロカが左手側を指さしたのはほぼ同時。
そして店の屋根越しに目に入ったのは、5mはあろうかというモンスターの姿。
……しかも、それは相当高いレベルのやつだった。
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