荒野に潜る①
クダラノが他のゲームと異なる点。
それは色々とあるのだが、最大の特徴は “プレイヤーが実際にゲーム内に入り込める” というところだろう。
正確には、人の『精神』と『身体』を仮想現実空間に転送させる。
クダラノ内には器となるアバターが用意され、その中に入り込むことでもう1人の自分として活動が出来るようになるのだ。
クダラノが誕生した時、人類の技術はまだそこまで到達していなかった。
いつかは実現したかもしれないが、そのレベルに届くには数十年、もしかしたら百年以上かかる見通しであった。
技術革新と言ってしまえば簡単だが、その前段階に当たるテクノロジーすら見当たらなかった状況で、まさに突然現れた未知の事象だったのである。
「ちゃんと楽な姿勢とれてるかー?」
教壇から田代の声がかかると、天野、榎、戸田と半円になって座った俺は浅く椅子にもたれかかった。
「どうしたらいいの?」
榎が不安そうに尋ねてくる。
体ごと転送されるクダラノは、戻ってきた時も同じ格好になるため注意が必要だ。
「別に、リラックスした体勢なら何でも」
以前『バランスを崩した瞬間にログイン! 戻ってきた時どうなるw』みたいなチャレンジ動画が流行ったこともあるが、そういう馬鹿をやらない限りは問題ない。
「でも、なんか怖いね」
俺の右隣でぽつりと言ったのは天野。
長い黒髪と大きな瞳が特徴の清楚系ギャルとか言われている。
「体が消えるって、どういうことってかんじだよね」
それに頷くのは更にその右側に座った戸田。金色に近い茶髪で、一番背が高くて見た目が派手だ。
「今まで事故とかなかったの?」
左隣に座った榎が何故か俺のカーディガンの袖を握ってくるから、周囲の男子から一斉に睨まれる。
確かに、クダラノが普及し出した頃は様々なトラブルもあった。
なんせ体が一時的とはいえ消失するのだから、家族が騒いで捜索願を出されてしまったなんて例も多々ある。
しかしクダラノの知名度が普及し、安全性についても国や自治体が声明を出すことで徐々に周知されていった。
実際 最初期からクダラノをプレイしている俺も、システムが原因の事故や事件については一度も耳にしたことはない。
「まあ、大丈夫だと思うけど」
「何かあったら絶対助けてよね」
更に袖を掴まれ、上目遣いで言われる。
ちなみに榎は両親が芸能人とかで、本人は芸能活動こそしてないもののさすがの美貌の持ち主。
この授業が終わったら、他の男子達から何を言われるか怖ろしかった……。
「じゃあ、準備できた奴から行っていいぞー」
クダラノに潜る手順は簡単だ。
「このオープニング画面を見つめて、この中に入りたいと願う」
ただ念じる。
それが、クダラノワールドへの扉を開く鍵となる。
『ようこそ、クダラノワールドへ』
一瞬の暗転の後、俺の体と意識は既に暗闇の中を浮遊していた。
『ここは仮想現実空間です。使用に際しては、先に提出いただいた説明と契約に同意したもののみなし……』
いわゆるゲーム開始時の注意事項と意思確認のアナウンスが機械的な女性の声でしばらく続く。
実は、俺がこんな案内を聞くのは本当に初めてだったりする。
『上記に同意しますか?』
□ はい
□ いいえ
目の前に文字が浮かび上がり、精神だけの俺は“はい”のほうへ意識を傾ける。
『ありがとうございます。承認されました』
突如 目の前が開け、眩しい光に包まれた。
『今のあなたのアバターは、初期プロトタイプ21です。変更しますか?』
どこかに引っ張られる感覚と、高速で移動する視界。
そんなものを感じる
目の前には中肉中背、茶色の髪と茶色の瞳の典型的な東アジア系の青年の姿が浮かび上がった。
確か今は肌、髪、瞳、体型を選んでアバターを作成することが出来たはず。
最初はクダラノが自動的に本人に寄せたタイプを選んでくれるらしいから、他人から見た俺はこんなかんじなのだろう。
服装も白い袖なしのシャツと黒いハーフパンツという何ともオーソドックスなもの。
アマテラスを作るのには約2年を要した。
まだアバターのパターンもほとんどなく、試行錯誤で色々試していたからだ。
それを思うと、ある程度 最初からカスタマイズできる現在は随分 進化したものだと思う。
どうせこの1回だけのアバターだ、別にどんな姿でもいいか。
そう思った俺は、今度は“いいえ”を選択した。
『アバターは後から変更も可能です。また、レベルを上げたりポイントや通貨の獲得で新しいアバターを手に入れることが出来ます』
そんな説明を聞くうちにも、目前には青い空と緑の草原の景色が迫る。
『それでは、冒険を始めましょう。この優しき世界に祝福を』
そんなどこかで聞いた
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