荒野に潜る②
周囲は一面 緑の草原。空は抜けるように青く、地平線の向こうには立派な大樹が一本だけぽつんと立っていた。
ああ、懐かしいな。
そんなことを思っていた俺の視界の端でのそのそと起き上がる影がある。
紅色の髪と瞳。薄い褐色の肌をこれでもかと露出した女性アバター。
「あ、間瀬だろ」
そんな様子を眺めていたら、立ち上がった彼女が駆け寄って来る。
急いで左目の前にウインドウを開くと、捕捉したその人物の名前は『戸田 茜』と表示されていた。
「ああ、戸田さん」
呼びかけると、驚いた目が俺を見返す。
「どうして分かったの? そっちと違って色々変えたのに」
獣の皮で出来た水着のような……下着のような。要するにラムちゃんみたいな立ち姿が自分の体を不思議そうに見回した。
「相手を見つめて、情報確認って頭で考えてみて」
「え、うん」
そう教えると、じっと紅色の瞳が近づいてきて俺を凝視する。
いや、別に距離は関係ないのだが。
「わっ、なんか出てきた!」
「そのウインドウで相手とかモンスターの情報が確認できる。基本的なものだけだけど」
これはゲーム開始からプレイヤー全員に備わっている仕様。
一応『他プレイヤーおよび敵の情報確認操作』というシステムなのだが、長いのでプレイヤーの間では主にスカウターと呼ばれたりしている。
もっとレベルが上がったり特殊な魔法を入手することで相手が隠している情報や弱点を探るなんてことも出来るようになる機能だ。
ふと周囲を見回してみると、青髪のポニーテールと黄色髪のロングヘアのアバターが木の陰からじっとこちらを見ていた。
信号機……。そんな言葉が脳裏を
スカウターには『天野 碧子』『榎 廣花』の名前が浮かび上がった。
とりあえず4人で無事合流し、天野と榎にもスカウターの操作方法を教え、ここがクダラノに最初に潜った時に飛ばされる初心者エリアであることを説明した。
「あと何かすることある?」
そう榎に聞かれ、俺は顎に手を当て考える。
実際には初期設定からの変更、チェック、カスタマイズするものは山ほどある。
しかし、たった1時間の授業のためにそこまでしても仕方ないだろう。
あんまり詳しくすると、俺が初心者だという設定が嘘だとバレる危険性もある。
「そうだな」
草原の上に立つ3人の女子。
天野は振袖と袴をアレンジした和風ファンタジー風。
榎は可愛らしいミニスカートのドレス。
思ったが、3人とも髪色や衣装はアレンジしても、顔じたいは現実世界とあまり変化がない。
元々の容姿が良いとわざわざ いじる必要がないのか……。そんな事実に俺は妙に感心していた。
「とりあえず、名前を変更するか」
なので、そう告げると3人は顔を見合わせる。
「名前?」
「ああ。今は本名がフルネームのまま登録されてる。変更したほうがいいだろ?」
勿論そのまま本名でプレイを続ける人も多くいるが、傾向として日本人はほとんどがユーザーネームを使う。
恐らく照れくさいのが一番だろうが、本名だとトラブルに巻き込まれる可能性も0ではないし、変更しておいて損はない。
「うーん。じゃあ、ヒロカでいいかな」
しばし考えた榎の答えはシンプルだった。
「じゃあ、私はミドリコ」
「うちはアカネ」
となると、当然他の2人もそうなってくる。
「じゃあ、頭でユーザー管理って考えて、そこからプレイヤー名変更ってとこで変えられるから」
そう教えた後、スカウターで見た彼女達の名前はすぐに書き変わる。
クダラノそのものは初めてだが、物覚えというか直感的な勘は大分良いらしい。
ちなみに、今やっているようなチュートリアルは最初の段階で説明が必要か尋ねられる。
俺はもちろん飛ばしたが、こいつらもスキップしたということになる。
最初から俺に解説させる気まんまんじゃねえか、と今更ながら気がついた。
「間瀬君は名前変更しないの?」
そう天野に聞かれ、あ、と思った。
人に言ってばかりで、自分のことをすっかり忘れていた。
「じゃあ、俺もアタルでいいか」
考えるのも面倒だし、この流れで俺だけいかにもな名前をつけるのは恥ずかしい。
「じゃあ、アタル。これからどうするの?」
「えっ?」
戸田に突然呼ばれた下の名にキョドってしまったが、そんな俺を3人は逆に不思議そうに見ている。
「この草原にいても仕方ないんでしょ?」
当然のように続けられる会話に、ああ、これはプレイヤー名のことなんだと気がついた。
こいつらは俺のアバターが『アタル』となったので、その呼び方をしているに過ぎない。
それもそうだ。俺が本名から変更しろと言ったのだから、間瀬と呼ぶのは逆におかしいだろう。
「とりあえず……町に行ってみるか」
しかし、そうなると。
「りょうかーい」
元気よく後ろからついてくる3人娘。
俺もこいつらをプレイヤー名、つまりは下の名前で呼ばなければならない。
それは、つい数分前まで女子と会話さえ久しぶりだった俺にはかなりのハードル。
そんなことをするくらいなら、最難易度のモンスターを丸腰で討伐しろと言われたほうがよほど楽な気がする。
「じゃ、行こうか。アタル」
屈託のない笑顔に囲まれ、俺は途方に暮れた。
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