5限目 PC室にて
やってきた5限目。
PC室に集まったクラスメイト達は普段の授業とは違い大いに楽しそうだった。
「実は俺、中学の頃から潜ってんだよな」
「え、俺も俺も。今エリアどこまでいってる?」
そんな声がそこかしこから聞こえ、どうやら小林達以外にもクダラノをプレイしたことのある者はそれなりにいるらしい。
世界人口の半分以上がアカウントを持っているといわれるのだから、それもまあ妥当な数字なのだろうか。
「よーし、授業始めるぞ。席につけ」
今日も軽いかんじで田代が教室に入ってくると、ぴたりと生徒達のお喋りは止んだ。
「前回言ったように、今日はクダラノのアカウントを作成し、実際にプレイしてもらう。やったことある奴は余裕だろうが、分からない奴に教えてやってくれな」
そんな言葉に数人の男子からは「はいっ」という元気のよい返事が聞こえてきた。
「じゃ、とりあえず自分のパソコンを起動して、クダラノワールドのトップ画面を開くところまでやってみろ」
田代に言われた通り、各席に設置されたデスクトップのマウスを動かし学生番号を入力して画面を立ち上げる。
見慣れたクダラノワールドのアイコンをクリックすると、これまた見慣れたトップ画面が現れた。
通常はここで長ったらしい注意事項や規約の確認があるのだが、それは事前に各家庭へプリントが配られ提出を済ませている。
そもそもクダラノは、未成年がプレイする場合は保護者の同意が必須なのだ。(恐らくほとんどのプレイヤーは守っていないだろうが)
「プレイは1人でもグループでもいいけど、集合がかかったらすぐ戻ってこれるようにすること。もし途中で気分悪くなったりトラブルが発生したら先生に報告するように」
そんな田代の注意をはいはいと聞き流しながら俺はもう何万回見たか分からぬオープニングムービーを眺めていた。
10年前から変わらぬちょっと古臭い作画ともっさりした動き。これが世界最大のゲームへの入口なのだから、初めて見た人は意外に思うかもしれない。
1人行動で良いという場合、俺が1人でなかったことなど一度たりともない。
なんせ俺は選択的ぼっちな男。こういう時は、他の奴等のグループ分けが終わるのをじっと待つのみだ。
しかし、この日は いつもと少し違っていた。
「ねえ、間瀬君てどっかグループ入ってるの?」
だらしなく机の上にダレていた俺の前に立つ3つの影。
見上げた俺は驚き、クラスメイト達(主に男子)からもざわつきが起こった。
「もし まだなら、私達と組まない?」
このクラスの女子3人組が、笑顔でこちらを見下ろしていた。
それぞれの名前に青黄赤の字が入ってるという理由から自分達を信号機トリオなどと名乗っているが、周囲はそんな呼び方はしない。
D高の美女3人組。
つまり学校カーストの頂点にいる奴等だった。
当然、俺のような人間と関わりなんてない人種。
クラス内がどよめくのも当然だ。
「え、なんで俺?」
とりあえず
「私達 誰もクダラノやったことなくて。教えてくれる人が一緒ならいいなあ、って」
世間話のように言われ、俺は言葉につまった。
だが、これは適切な回答を考えているのであって、女子と喋るのが久しぶりだから戸惑っているとか、そういう訳では断じてない。
「それなら、結城達とかでいいんじゃない?」
どうにか口を開いた俺が指さしたのは、後方に座る結城をはじめとするクラスのチャラ男グループ。
彼女達 超一軍には敵わないものの、クラスの中ではヒエラルキーの上部にいる連中だ。
きっと俺なんかより感性は合うだろう。
「あいつら、なんか指揮ってきてウザいし」
そう答えたのは右端に立つ戸田。
「じゃあ、小林達は? かなりの経験者らしいぞ?」
「なんかイキっててキモいし」
本人達には聞こえないようにしてるが、ウザいとかキモいとか酷すぎる。
俺が言われた側なら泣きたくなるぞ。
「それに、俺もクダラノ初心者だけど?」
そういえば小林に話した設定を思い出し、慌てて付け加えた。
彼女達が経験者を求めているなら、俺は条件に合わないことになる。
「え、間瀬君てクダラノ知ってるよね?」
なのに、天野に指摘された言葉に俺は凍りついた。
どうして、それを知っているんだ?
どこかからアマテラス本体の情報が漏れてたのか?
そんな嫌な考えが一瞬で頭の中をグルグル回ったが。
「この前、雑誌読んでるの見たもん」
言われた言葉に動きを止めた。
「週刊クダラノのことか?」
「そう、それ。後ろから覗いちゃった、ごめんね」
世間ではクダラノの専門誌なんてものも発売されていて、確かに俺も1ヵ月くらい前に売店で買ったものを読んでた記憶がある。
現実世界ではなるべくクダラノと関わらないようにしているのだが、インティが特集されていて、つい手を出してしまったのだ。
「あ、ああ、あれな。でも見るだけで、実際はやってないし」
自分でもしどろもどろになっていないか心配だったが、目の前の3人は顔を見合わせて笑う。
「ちょっと知ってるくらいが丁度いいの」
「男子がいてくれれば安心だしね」
そんな風に言われてしまえば、それ以上断るのは感じが悪いとさすがの俺でも分かる。
まあ、知らないという設定なのだから、別に何かをする必要もない。
「……じゃあ」
クダラノのオープニング映像に照らされた俺の顔は、渋々ながら頷いていた。
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