第7話 私は魔術師団長〜王女〜②

 ー1ヶ月前ー


 子供達の『披露目会』が行われるのは王宮の一角にある離宮が使われる。

 各地方ごとに『披露目会』の会場があり、王都の王城で催されるものが1番人数も多く、また格式も高いとされている。

 その理由は『披露目会』に参加した地域の貴族学園にそのまま入学。そして、その後のほとんどをその地で生きていくことになる。

 一般的な地方貴族にとって、それは何ら問題にもならない。彼らは受け継いだ土地と民を守ることが役目であり誇りでもある。

 それでも王都に子供を向かわせるのは、1つは純粋に子供の未来を考え可能性を広げさせるため。もう1つが、自分の野心のため。

 学園に通わせる子供のためい邸と使用人を用意するだけでも、この王都では莫大な資金がいる。それをかけてでも、子供をダシにしても王都でのし上がる足がかりにしたがる貴族は毎年後をたたない…が、本当にその夢を叶えるのは一握り、いや、ひとつまみもいない。

 成し遂げたものは立身伝として語られるほどだ。

 つまりは、歴史に名を残す功績を上げるか落魄れるかの究極の、しかも分の悪い2択と言うこと。


 そんな地方色の強いものが今年も数人見受けられ、必死に人脈を作ろうと手当たり次第に声をかけては薄い愛想笑いであしらわれるのを横目に、緊張の面持ちの我が息子の肩を叩き笑いかける。

 親バカと言われるだろうが、ベルゴールの魔力操作は同年代の魔塔の子供達と比べても遜色がない。

 一族の積み重ねてきた歴史でもある屋敷の魔術書を読み込み、前魔塔主である父(息子にとっては祖父)から直接の指導を受け、知識も技術も申し分ない。

 その想定は、子供達の披露が開始してより確実性を増している。

 一生懸命に学び鍛えて来たであろう他所の子供達には悪いが、やはり魔術に関する実技は1段も2段も劣る。

 しかし、そうなると最早、王家から来ている『息子をバカ王女たちのご友人に』の催促も断ることが難しくなるだろう。


 (早く自慢の息子を自慢したいが…面倒事が増えるのは煩わしい)


 だからと言って、今日まで領地で育ててきた我が子には大人の汚い政治話など教えることができない以上、手を抜けとも言えない。

 どうしたものか、と悩んでいる間にいつの間にか順番は息子の番になり、感嘆と喝采の拍手の中嬉しそうに笑い戻ってくる姿に、この笑顔のためならば父はいくらでも苦労を背負おうと思えてくる。


 順調に順番は進み、すでに注目されている公爵家や騎士団長…他、いくつかの家門の子供が今日までの修練の成果を披露していく。

 失敗し、そこから泣き出してしまう者、持ち直す者。意外な実力を見せた者など、中々に鍛え甲斐のありそうな子供もいる中、いよいよ順番は妹王女ミラエラ殿下に回ってきた。

 天真爛漫、純真無垢にして清廉潔白で勤勉な、愛らしく闊達な妹王女ミラエラ殿下。

 これが今流されている彼女の噂だ。

 しかし、そんなものがどれほど虚飾に塗れた噂なのか一目瞭然な、実にお粗末な出来だった。

 純粋に魔力のみで魔術式を練り上げられるものは極限られている。

 魔塔にも数えるほどしかおらず、だからこそどこまで小型化し小さな紙片や布地で収めるのか、は全魔術師にとっての永遠のテーマとも言える研究課題だ。

 当然、この年齢の子供たちにできる技術ではないので、皆それぞれに工夫して描き上げた術式を持参している。

 最も、本当に自分で描いたのか、は定かではないが。

 実際に魔力を通し術式を展開すれば、それが自作のものか他人に描かせたものなのかは自ずと判明するが。


 だから、妹王女殿下がすでき描き上げられたものを使ったとて不思議ではない。

 問題は、披露目の舞台ステージに立つまでの所作から始まった。

 子供たちは持参した術式の描かれた媒体を、自分で持ってそこに立つ。

 自分で作り上げた、自分だけの成果物を誇りに思わない者はいないからだ。

 それなのに、妹王女殿下は女官に持たせて登場した。

 貴族家門の出身の侍女ではなく、荷物持ちの下働き同然の女官に持たせ、舞台の床に膝をついて野営のシートを広げ始めた。


 (まさかと思うが…そんなことが有り得るのか!?)


 魔力補助の魔術式が幾重にも盛られ、無駄に大きく広がざるを得なくなった術式を描き切るのに野営シート級の布地を必要としたのだろう。

 しかも、どれも簡易の補助式ではない。細かい文字列と文様で組み立てられた正式のものだ。

 つまり、術式を簡略化し魔力操作の技量で補うことも出来ないと言うことになる。

 あそこまで細かく大掛かりな術式は、自分で描いたものですらないだろう。

 自分で描けるだけの気力と根気があるなら、簡略化の習得のほうが何倍も楽だ。

 しかも、ここまで広げておいて展開された魔術は、花を一輪転送して来ただけ。

 それも『披露目』の会場になった離宮のすぐそこにある庭の花。


 これに披露目会場の反応は3つにはっきりと分かれた。

 いっそ滑稽なほどに手を叩き称賛する者と、噂の流布に関わり実情を知る冷めた目を向ける者、その噂を信じきっていた故に困惑の表情を浮かべる者。

 私はと言えば、表情こそ取り繕えていたと思いたいが、心の中では不経済で裁判なしに処刑されるような、ありとあらゆる罵倒が飛び交っている。


 (あんなモノに私の息子を当てがおうと言うのか!?)


 姉王女には悪評を、妹王女には好評を。

 それは一定の効果を出してはいた。特に王城から滅多に外に出ず、交流する人間を選んでいるので当然と言えば当然でもある。

 しかし『披露目会』はそれらの囲いの外の人間のほうが多い。

 ましてや披露するのはそれまでの修練と学びの集大成とも言える実技。

 評判どうこうでカバーできる部類ではない以上、少しでも噂に近い行動や結果が出せるように詰め込みもしない。


 (どうにかなると思ったのか女王!?)


 空気を白々しくしているのは何も妹王女だけの問題ではない。

 こんな…会場のどの子供よりも粗末な披露をしておいて、絶賛する政治の中枢を担う者たちと、娘のこの成績を咎めもしない女王夫妻。


 先程までとは違うざわめきが満たす中、周囲の人間のいく人かが小さく息を呑む音でハッと思考の坩堝から意識が戻る。

 気が付かなかったが、妻が心配そうにそっと腕に触れていた。

 それに『大丈夫だ』と応えるように手を添えながら、周りの人間が視線を向ける先に私も目をむける。


 姉王女殿下の披露の順番となり、舞台ステージに上がろうとしているところだった。





 

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