第7話 私は魔術師団長〜王女〜①

 ただ魔術の研究がしてい。

 私の一族はそう言う者が多い。

 だと言うのに、気がつけば世襲でもない魔塔主や魔術師団長の肩書きを何代にも渡り押し付けられていた。

 魔塔主にはただ魔力が多ければなれるものでもない。

 バカ正直に魔力が高さで師団長を任せてくるような、そんな能天気な人事では立ち行かなくなるのが魔塔だ。

 そこそこの指導力と自主性の尊重、忍耐と責任感と身内贔屓。これらを併せ持つものが押しつけられる。

 それが、ここ数代に渡り私の一族が押し付けられて来たにすぎない。

 その前はまた別の家門が、また数代に渡り押し付けられていた。


 私の前…先代の魔塔主は私の祖父にあたる。

 息子たちと分担してこの国の魔術の根幹を支えていた老人は、髪もすっかり真っ白になった頃に全てを投げ出して退くことに決め、併せて政治戦争にも嫌気がさしていた父も隠居に便乗。

 つまり、私の上の世代のことごとくが俗世(魔塔の人間が魔塔外のことをそう呼ぶ)に嫌気がさして引っ込んでしまったのだ。

 結果、私一人が貧乏くじを引き続けている。

 なんの因果か呪いか…私と同年代の人間はいない。

 そのせいで、魔塔主も、師団長も、爵位すら押し付けられてしまった。


 私はただ魔術の研究をしていたかった。


 しかし、より研究者気質狂人な兄がいたお陰で、まだまともな私が全てを背負うことになってしまった。

 それにより、最愛の妻と可愛い子供に出会うことができた。

 そこには感謝している。そう、そこにだけ!は!!


 「ため息は不幸を呼びますよ」


 いつの間にか思案の渦に溺れ手の止まっていた。予算案の草稿中だった紙にインクが滲んでしまっている。

 知らずいていた溜め息を再び吐き出しそうになり、咳払いで誤魔化しながら書き損じを丸めて脇の屑入れに投げ入れる。

 今朝から何度も繰り返している書き損じで、屑入れはすでに溢れて山になっていた。

 資料の読み上げをしてくれていた副団長が、苦笑を漏らし卓上のベルで下働きを呼び出す。ゴミの処理とお茶の支度を頼むためだろう。


 「ご子息と妹王女ミラエラ殿下のご交友催促の件ですか?」


 ここ数日のいくつかある頭痛のタネを言われ、再び漏れ出た溜め息だったが彼は何も言わず気遣わしげな顔で笑うだけだった。


 「今までは『披露目会』の前、というのを理由に引き伸ばしていたが…」

 「団長が先に、ご子息と姉王女ルシエラ殿下を引き合わせてしまったせいでしょう」


 読み上げていた資料を棚に戻し、やって来た下働きにゴミ処理と休憩の旨を告げる。

 彼はここ数年でも別格に優秀な魔術師だ。

 出来れば魔術師団こんなところで副団長なんてさせるのではなく、魔塔主か師団長のどちらかを押し付けたい思っていたが、根っからの補佐気質とでも言うのか…誰かの下で隊を率いることはできても組織自体をまとめる資質はなくここにいる。

 しかし、だからこそ。その補佐の能力は折り紙付きで、少なくとも彼が副団長についてからの師団長の仕事はだいぶ楽になった。

 しかし、それでも及ばないことは出てくる。

 彼が今言った、王族との関係を筆頭にした貴族としての『クロージス家』の問題がそれだ。


 「噂には聞いていたが、あそこまで優秀だというのは聞いていなかった。アイツらめ隠しておったわ」


 姉王女ルシエラ殿下が、魔術師団本部に出入りするようになって3年。

 関わりを徹底的に避けてきたのは、ひたすらに今以上の面倒事を避けるためだ。

 女王やその周りの政治屋どもの思惑は知っていたが、それをバカバカしく思い、利用される姉王女ルシエラ殿下を不憫に思いはしても、それも王族の責務だと思っていた。

 ただ産まれただけで負わされる責務は、子供のうちには辛いだろうが…それでも成長するまでに与えられる恩恵に比べれば、決して酷い方ではない。

 世の中には、もっと理不尽で残酷で無慈悲なことで溢れている。

 魔塔の人間として、魔力量で売られる子供や魔力タンクとして使い潰される者を多く見てきている。

 『王女』としては確かに冷遇され…尊厳も踏み躙られているだろう。

 子を持つ親として、人心じんしんと良識ある一己いっこの人間として何も思わないではない。

 しかし、臣下として国民として、今のままでは暗愚の女王が決定している以上はせめて周囲を優秀な人間で固めておいてほしい、と言う希望もある。

 何より、申し訳ないが他所の子供よりも自分の子供の方が重要度は高い。

 私の息子も、暗愚の女王(予定)である妹王女ミラエラ殿下の周囲硬めのために差し出せ、との催促をと躱している現状だ。

 幼い王女への仕打ちや、将来を見据えての根も歯もない噂に惑わされ孤立させている周囲を不快には思っても、手を口を出すだけ払う火の粉も増えると言うもの。

 そう思って『関わらない』と言う選択で間接的に、彼女の暗い未来に加担している自覚もある。

 しかし、見てしまったのだ。あの『披露目回』での彼女の魔術師としての才覚を。

 現金だと言われようとも、大人気ないと言われようとも、一貫性が無いと言われようとも、どうでも良い。

 魔術と神秘の探究に生涯を注ぐ者として、あの才能を潰すのは惜しいと思ってしまったのだ。

 国なんぞに渡すのはもったいない、と思ってしまったのだ。


 「実に美しい魔術でした。あれだけ見事な魔力操作は、魔塔でも早々見れる者ではありませんよ」


 副団長は伯爵家の三男で、当主であり兄夫婦の息子が披露目会に出るので、親族として出席をしていた。

 当然、単なる親戚付き合いだけが目的ではない。

 貴族の中で魔術に長けた家門や、将来的に伸び代のありそうな子供の先物買いのために出席できそうな魔塔及び魔術師団の人間は、極力参加するように指示している。

 将来性を見込んでこの時点から声を掛けることもあれば、目星をつけておこう、なんて狙いがあっての出席だ。

 何も魔術師団だけではない。騎士団の方でも青田買いは行っている。優秀な人材誰でも欲しいものだ。

 そんな中で、彼女は群を抜いて輝いていた。


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