第5話 私は悪役王女〜冒険〜②

 頭の中に描いた地図をこまめに確認しながら、通行門に辿り着く。

 城に勤める人間はとっくに勤務時間なので、通行門は使用を終えている。

 見回りの兵士や夜番で働いていた衛兵もとっくに交代をし終えているので、今の時間、門兵は暇そうに空を眺めているだけ。

 そんなあくびを噛み殺しつつ、空を眺める門兵の横をそ〜っと足音を殺して進む。

 流石に目の前で飛び跳ねたら分からないけれど、少なくとも注意力散漫な状態の横を通り過ぎれる程度には、しっかり隠蔽術式は作動しているみたいだ。

 通行門を通り抜ければ魔術師団本部は目の前で、建物の屋根が木々の間から眼下に見える。

 目視の直線距離は近いけど、高低差があるので回り道が必要になるから、実際はまだまだ到着は先だ。

 私が魔術師団を選んだのには、当然だけど理由がある。

 それは、完全なる『実力主義』組織だからだ。

 実力主義と言う理念は騎士団も同じく掲げているが、正直、徹底できているとは言い難い。 

 団の上層部のほとんどが貴族出身者で、平民のほとんどが階級は低い。

 実力主義を謳いながらも、身分差や年功序列の考えが払拭しきれていないためだ。

 魔術を戦闘に有用できるほど学ぶのは、かなり専門的な分野になる。その点、剣や槍、弓などの武器に馬の扱いは、貴族として当たり前に嗜む必修科目みたいなもので、女性でも護身術程度の剣術を学んだり、趣味として乗馬をする人もいる。

 改めて専門分野を学び直すか、自分の今までの生活に根付いた技術で働くか。

 ほとんどの貴族の次男以降が、騎士団を選ぶ理由だ。

 もちろん、武器の扱いにも相応の技術は必要だし、訓練は欠かせない。

 だが、貴族優位の組織形態が出来上がってしまっている騎士団は、貴族というだけでそこそこの階級が与えられ、貴族間での見栄の張り合いに役にたつ。

 では逆に魔術師団はどんな組織か。こちらは完全なる実力主義の組織だ。

 そもそも前身とするのが『魔塔』という、身分や性別を問わずに『探求者』を支援する組織で、大昔の女王の要請を受け、有志によって発足されたのが魔術師団だ。

 魔塔の理念は今も色濃く残り、魔術師団に入りたいものはまず、魔塔で2〜3年ほど研修してから試験を受けて合格すれば入団できる仕組みになっている。

 一般応募をするくせに、厳しい振るい落としをして平民を選り分ける反面、貴族は紹介状1枚で受け入れる騎士団とは大きな違いだ。

 それに魔塔は、同盟隣国間のと連携し、魔力が多く戦時利用される奴隷や、売り買いされる子供の保護の派遣団にも積極的に参加している。

 確かに中には、閉じこもって研究ばかりのマッドサイエンティストもいるけれど、意外と外交関係にも関わる幅広い組織だ。

 国の軍務を担う大事な組織ではあるし、彼らも女王には確かに忠誠を誓っているだろうけれど、帰属意識はおそらく魔塔にある。

 だからこそ、彼らは魔塔の理念を反故にするようなことはしないはず。

 それを証拠に、かつて王族が魔塔に行った記録が残っている。

 研究者になったものや、実力をつけ魔術師団に入団した者もいた、とおじいちゃん先生に教えてもらったばかりだ。


 (まぁ、100年近くも昔で…もっといっぱい王族がいた頃だけどね)


 遺伝と血の濃さによる少子化は進んでいる。

 今の女王にも私と妹の2人しか子供がいない。

 一応、未来の話になるゲームのシナリオ時点でも、姉妹王女の話しか出てこなかったので、今後も妹あるいは弟が生まれることはないのだろう。

 最初にこの話を聞いた時は、単純に関心しただけで終わったけれど…思えば、あのおじいちゃん先生は、姉王女わたしの置かれている状況を知っていたのだろう。

 それで、さりげなく逃げる先を提示してくれていたのだ。

 改めて感謝の念を送りつつ、ようやく、建物全体が視界に入るところまで辿り着いた。


 騎士団詰め所と魔術師団本部は、摂政の塔を中心にした鏡合わせに位置しているけれど、ゲーム制作者がコピペ反転の手抜きで設定したわけじゃないと思いたい。

 建物の形や設備の内容は同じだけど、周囲の雰囲気はまるっきり違う。

 これは実際に行ったことはないから、ゲームの背景での知識だけど。

 騎士団の周辺は明るく開けており、常に人で賑わっている。

 寮や鍛錬場、詰め所などの間を常に人が行き交い、大勢の人の声や気配にあふれた明るい場所として描かれていた。

 対して、魔術師団。鬱蒼と茂る木々によって陽の光は遮られ、薄暗く湿った冷たい風が吹くような寂しさに包まれた場所だった。

 そのゲームの背景から受けた印象は、決して間違っておらず、自分の感性が正しかったことを人生跨いで答え合わせができたけど、何も嬉しくなかった。


 (さて、どうしようか…)


 時間的にはとっくに午前の業務が始まっている時間のはずだけど、恐ろしいほどに鎮まり帰っている。

 鍛錬場はあるのに、魔術の練習をしている気配がない。

 内務仕事だってあるから、本部の建物内を行き交う人はいるはずなのに、まるで廃墟のように薄暗く活気がない。

 非番の人が出かけたり、行き交う様子もない。

 正面の門から見える寮には誰も住んでいないように見える。

 一応、開放はされている。

 コソコソと忍んで来たのだから、入り込みやすいものだけど…ここまで静寂に包まれていると逆に入りにくい。いや、入りたくなくなる。


 (え〜本当にどうやって入ろう…)

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