第5話 私は悪役王女〜冒険〜①

 目標が定ったら即、行動。

 驚愕の真実を知った翌日。お世話役の侍女が来る前の夜明けが行動開始のタイミングだ。

 夜番と朝番で城内に勤める人間が一斉に交代をする。人の目も少ない上に注意力も散漫になって、子供1人がコソコソと彷徨くのにちょうど良い時間帯だ。


 手慣れたもので、王女さまなのに私は1人で身支度ができる。

 前世が普通家庭の日本人な上に、そもそも姉王女ルシエラはネグレクトされていたようなものなので、身支度を中心に、ほとんどのことが1人で出来るようになってしまった。

 併設されているバスルームには洗面台もある。昔は高さが足りなくて踏み台が必須だったけれど、いつの間にか使わなくなっていた。


 (私も成長もんだ…)


 バシャバシャと顔を洗い歯を磨いて、隠していたおやつのビスケットと世話役ができて部屋に常備されるようになった水差しのお水で、簡単にお腹を満たす。

 バスルームと反対側にあるウォークインクローゼットにかけてあるドレスの中から、フリルのない刺繍だけのシンプルなものを選んでハンガーから外す。

 洗面台違って、ハンガーラックは高さがあるのでここは少し苦戦した。

 丈がやや短くて動きやすいし、レースやフリルはないけれど刺繍がキラキラとしててお気に入りの1着だ。

 靴は華奢なヒールではなく、ぺたんこで歩きやすいブーツ。

 王城でも一番奥まった場所にある王族の住む区画…のさらに奥の奥にある姉王女ルシエラの部屋から、目的地の魔術師団本部までは長い旅になる。

 とはいえ、実際にはどれほどの距離があるのかわからない。

 地図もざっくりと施設の配置が書いてあるような観光ガイド程度の地図で、縮尺も何も書かれていない。

 ただ、地図で描かれているお城のサイズと、実際に住んでる体感で比較すると…まぁまぁ、そこそこ、結構な距離を歩くことになりそう。

 それも踏まえての夜明け前出発でもある。真夏の炎天下に長距離の徒歩移動とか普通うに死んじゃうからね。

 あと2〜3時間後には侍女と護衛も部屋に来るので、心配しないで欲しい旨と、部屋にこもってるフリがしたいので探しに来ないで待機していて欲しい旨を書いて、テーブルの上に置いておく。

 一応、左右を確認してから廊下に出て、なるべく足音を殺した早足で1階の厨房に向かう。

 朝の早い主人に支えているような厨房係は夜明け前から仕事に入るけれど、ここの区画に住んでいるのは私しかいないのでこの時間はまだ無人だ。

 ただし、もう少ししたら侍女が来るからまさに『今のうち』。

 無人と知っていてもやや緊張気味に滑り込んだ厨房は、思った通りに暗く冷んやりしていた。

 庭に面した窓から外を伺い、周回している兵士がいないのを確認して勝手口から庭の向こう側にある茂みを目指し、飛び込むように走る。


 王女の体になってからダンスレッスンや乗馬、あとは散歩くらいしか運動なんてしていないから、このちょっとの距離を走っただけで心臓が痛いしうるさい。

 ドキドキズキズキと痛む左胸を押さえながら、深呼吸を繰り返し息を整える。


 (落ち着け…まだこれからなんだから)


 ある程度、呼吸が落ち着いたらポケットに入れていたハンカチを取り出す。隠蔽の術式を縫い取った特別なハンカチだ。

 魔術式や魔術陣は紙や地面に書くのが一般的だけど、紙面やインクは水分に弱い。防水の術式を重ねがけしたり、お高いけれど防水の紙とペンを使う対策もあるけれど、実戦ではそんな悠長なことはしていられない。

 ではどうするか?

 刺繍だ。魔力をこめた刺繍糸を使い、針に魔力を通しながら、1針1針縫うのだ。


 『だからの魔術師は、み〜んな刺繍上手なんじゃよ』


 と、超大作な術式が刺繍されたテーブルクロスを広げて見せてくれたのは、魔力操作と魔術式のおじいちゃん先生。

 確かに先生の刺繍の腕前は相当なもので、手元も見ずにひょいひょいっと縫い上げられていく刺繍は、綺麗な水球を生み出す術式だった。刺繍の出来栄えはもちろん、その腕前も実に見事だった。

 あと、最初に自慢げに見せてくれたテーブルクロスの刺繍は、とんでもない火力を持った範囲攻撃の魔術陣だった。なんてものを子供に見せびらかしてるんだ。

 

 何かに使うだろうと思って、本で見た隠蔽の術式をチクチクと製作した甲斐があった。

 やや大きめのハンカチを三角に折り、首に巻いて背中側で縛る。

 これで周囲を気にしながら物陰にコソコソする必要は無くなったけど、物音は消せないので、そこには注意を払いつつ移動する。

 今いる位置関係とマップを常に頭に思い描きながら、魔術師団に一番近い通行門に向かう。

 この時点で空はもう明るくなりきって、人の騒ぎ声や、どこからか漂う朝食の準備の匂いがしてくる。

 この城はとにかく広い。本当に広い。

 山の中腹あたりまで切り崩し建築された王城と、そこからなだらかな…体感でも平面と変わらない位に整地された土地に、騎士団詰め所と魔術師団本部、及び摂政の塔と呼ばれる政治の中枢がある。

 ここからは段々になっていて、王城勤務の領地を持たない『王城貴族』の家々が並ぶ。ここは山の裾野まで広がっている。

 ここの家屋は王家の持ち物で、それぞれに貸し与えているのもので、賃料はきっりち天引き。家の場所も爵位によって決められている。

 平らになる辺りまで貴族街が続き、完全に平地にある辺りは、今度は同じ城務めでも下働きの平民の住まいと王城内最大の備蓄倉庫と武器倉庫、馬小屋などが建てられている。

 各階層をぶち抜くようにまっすぐな道が数本、摂政の塔に向かって走り、立ち並ぶ家屋や衛兵の待機所や騎士団、魔術師団の支部が警備のために置かれ毛細血管のように細かな道が巡る。

 王城とは言うが、ほとんどが城務めの人々のための場所だと言うことがわかる。

 そして、高い高い壁が扇状の向こうに広がる平野一体が、王都と呼ばれる国1番の栄華を誇る都市だ。

 王城だけで街1つ(…いや2つ?3つ?)に匹敵するので、馬車の定期便が走っているし、手紙や荷物の専用配達人までいる。

 さらに言えば、各階層には普通に商店や病院、食堂も宿屋もある。地方の街よりもよほど発展し充実しているとも言える。

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