第6話 私は悪役王女〜綻び〜①

 「失礼します。殿下をお連れしました」


 魔術師団本部の奥、団長室の扉を叩くのは副団長の男性団員。

 髪が長く腰まであり、柔和な顔は常に薄く微笑みを浮かべる優しげな雰囲気の男性で、遠目からは女性にも見える。しかし近くに寄ればそんな勘違いもしようがないほどの長身だった。

 騎士団ほどではないが魔術師団も軍属なので一通りの肉体的訓練は行われているはずで…。

 2メートルを超える身長の上、しっかりと身体に厚みがあって、存在感もどっしりある人物のに、少し離れただけで儚げで助けるような清楚系美女に見えるのは、何かの幻術だと最初は思った。


 「お待ちしておりました殿下」


 そう言って出迎えたのは壮年の男性。濃紺に近い青い髪は長く、緩く編み込まれている。

 鋭い目つきのせいか色素が薄いせいか…薄黄色の瞳はから放たれる眼光は、ただ目線を向けられているだけで針金のように突き刺さる気がする。

 魔塔を統括し、魔術師団を率いる。彼こそが、魔術師団長である。

 私をここまで連れてきた副団長と同じく彼もまた一応は軍人なので、魔術師という後衛職にも関わらず、意外と筋肉質でがっしりした体型なのが分厚い軍服越しでもわかる。


 「本日は、殿下のお好きな菓子店パティスリーにて新作が販売されたと聞き、ご準備させていただきました」


 そう言って、団長用の重厚な机の前に設置された応接ソファまでエスコートされる。

 もちろん、ただお菓子を与えたいだけで団長ともあろう人物が私に親切をするわけではない。

 魔術師団で評価を得て味方を増やし、王城を出て飼い殺しの未来を回避するつもりだった10歳の夏。

 しかし悲しいかな。

 3年間通っても魔術師団の団員にとっては『お客様以上団員未満』にしかなれず、団長に至ってはスルーだった。

 実力は確かに認められ、尋ねればあちこちから声をかけてくれる。

 難しい魔術式の考察に呼ばれ、魔術具や薬品の品種改良に知恵を求められ、魔力操作のコツを勉強し合い、薬草園の手入れも一緒に行って私専用の区画も特別に作ってもらえた。

 それでも『お客様以上団員未満』。

 まぁ、仕方ないとは思う。彼らは軍属。つまりは国に、王家に使える存在だ。

 私が王女である以上、彼らは私を本当に自分たちと同じ存在の『身内』にはカウントできないし、してはいけない。

 ただ、だからこその一言が欲しかったのだ。

 『王女をやめて団に、あるいは魔塔に来ないか』と。

 団員の偉い人か。それこそ団長あたりが言ってくれさえすれば、それが後ろ盾になって王城を出られると思っていた。

 しかし、報告が上がっているのか、いないのか。

 魔術師団の団長は、団に出入りすることは黙認したが、それ以上の接触はなかった。

 基本的に、団長室から出てて来ず、出る用事の時も私と鉢合わないように徹底的に調整をされている…そんな雰囲気だった。


 しかし、彼も今やすっかり変わった。


 「息子も殿下にお会いしたがっていましたが、別件がありましたので…非常に残念がって大いに嘆いておりました。もし殿下のご都合がよければ、今度は我が愚息めのために、またお誘いさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 上品にティーカップを傾けながら、自分の息子をにした次回への布石を蒔くことにも余念がない。

 この『息子』とは、乙女ゲーム「女王の薔薇クイーン・オブ・ローゼス」の攻略対象の1人。インテリ枠のベルゴール・クロージスだ。

 今からおよそ1ヶ月前。とある出来事がきっかけで、団長からはやけに親しげにされ息子であるベルゴールをゴリ推しされている。


 「そうですね。機会があれば…」


 表面的な立場で言えば、嫌なら『NO』と言える。

 しかし、彼に後ろ盾として魔術師団ないし魔塔への推薦を貰いたい下心から、ハッキリと断るに断れない。


 (攻略対象だし、これ以上こじれた関係にはしたく無いのに〜)


 ゲーム中で攻略対象である彼もまた、将来的に王配になったとしても問題はない相手、と言うことになる。

 行く行くは国政を担う、あるいはそこに近い地域が約束されているようなものだ。


 「ありがとうございます殿下。愚息も喜びます」


 とても良い笑顔で好意的に受け止められてしまった。

 こちらを伺う鋭い針金水晶ルチルクォーツの瞳は鋭いくせに、向ける表情は幼い王女相手でも忠誠に溢れ、騎士然としたのを崩さない。

 ほんの少し前まで、スルーだった彼がこんなに手のひらを返したのは1ヶ月前にあった『披露目会』がきっかけだ。


 貴族の子供には、大人になる前に越えなければいけないハードルがいくつもある。

 まず1つ目が親の社交に付き従う際のお行儀の良さ。特に何かを求められはしないが、おとなしく座っていられるか、お茶やお菓子をもらっても粗相なく頂ける方が、が問われる。1番最初のハードルなので低めではあるけれど、屋敷内で甘やかされて育ちがちな貴族の子供は、存外にこれができなかったりする。

 そして、2つ目が『お披露目会』。

 13歳になる年の子供が王城に集められ、そこで実技の『披露目』を行う。

 内容は、剣技や魔術などの実戦実技か楽器演奏や声楽などの芸術実技のいずれか。

 実戦実技は、貴族の子供として魔力は大なり小なり有しているのでその操作は必修であるし、剣技は同じく貴族として嗜むべき技能だからだ。

 芸術実技も理由はほとんど同じ。貴族として芸術は嗜むべき、学ぶべき分野だ。

 音楽サロン会や演劇鑑賞、コンサートの主催、画家や彫刻家などの芸術家の支援やその作品の品評会など、芸術分野の社交は多岐にわたる。

 子供のうちから初め、大人になってからも、終生終わることなく学び突き詰めるのが実戦実技と芸術実技に集約されている。

 どれだけ子供に学習させているか、が大人が問われる場でもあり、子供たちもまたどれだけの物が出来るのか、を通して自分の資質などを試される場でもある。


 (私は、そこで失敗した…別の意味で)

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