第3話 私は悪役王女〜諦め〜②
そんな大分過ごしやすくなった10歳のある日。私は日課の散歩をしていた。
とりあえず、悪評につながる要因になりやすい妹には、申し訳ないがあまり関わりたくない。
広い王城内には決して彼女が現れない場所も当然あり、出歩かない時間帯も当然ある。そんな場所や時間を探り出し、隙間を縫うのがお決まりの散歩コースだ。
王城内にはいくつも庭や小道があって、妹の好まないシンプルでやや寂れ気味の庭や変化に乏しい低木しかない面白みの少ない小道を選らんでいるお陰か、今の所の遭遇率は
しかしそういった場所は場内とはいえ
例え忌み嫌われている王女でも何かあれば首が飛ぶ(物理)ので、普段から表情の乏しい突っ立ってるだけの護衛も渋々同行している。
夏真っ盛りの今日は、少しでも涼しくなった時間を選んで最近見つけたお気に入りの庭に繰り出してみた。
何故か花もなく、高低差のある樹木だけで構成されたシンプルなこの庭は、青空に目一杯伸びるように競って枝葉が伸ばされ…まぁ、つまりは緑が生い茂っていた。
一応はどれだけ端っこの見向きもされない庭てもお城のお庭なので、生い茂って伸び放題に見えても荒れているようには見えない絶妙なバランス。
爽やかな緑の香りと抜ける風が涼しい庭ではあるけれど、それでも強い日差しに焼かれるのは緩和できず、少し日陰で休むことにした。
ちょっと大きめの木の下には、まさにここで休んでくださいと言わんばかりのベンチが添えられ、木陰を満喫できるよう休憩スペースがポツポツと用意されていた。
熱で火照った私を心配して、侍女が近くの噴水でハンカチを濡らしに小走りに駆けていくのをぼんやりと見送る。
噴水があるなら休憩は水場の近くの方が涼しい気もするけれど、噴水周りには植木がなく日影がない。
結果、木陰の方が涼しいのだけど、ここで思いがけずにご歓談中の声が聞こえてしまい咄嗟に聞き耳を立ててしまった。
「あの証なしは本当にやってくれる」
声は背後の低木の向こうから聞こえる。
低木とはいえ10歳の私よりもやや背が高く、ベンチに座っている今は視界に入らないのだろう。護衛は木の影でちょうど死角で、侍女はここにはいない。
つまり、背後の人たちは気がついていないのだ。口に登っている本人がすぐそこにいることに。
だからこそ、遠慮のない声量で話は続けられる。
「正直、どれだけ優秀でも加護の証のない姉の方に使い道はないですからねぇ」
「女王や
「ふん。あの王女が次代さまじゃあ国が終わるわ」
「それを見越してすでに手は打たれているのでしょう」
「確かに。あの息子を当てがうことで公爵の懐柔に成功してますからな」
(女神の加護は分かるけど…『証なし』??)
証は分かる。
女神の加護を受けた証のことで、シナリオのラストで後継者の指名を受けてから
話の流れ的に今の時点で妹王女…つまり後々のヒロインにはもうある?
(え?ゲーム中では、あの瞬間に現れて驚き〜!ってリアクションだったように記憶してるんだけど?)
まじまじと自分の左手の甲を見つめるけれど、当たり前にそこには何もない。
ミラエラはバラ模様のアザのようなものが浮かび上り、それを『女神の加護の証』と言っていた。
しかし、どれだけ見つめても10歳の少女の手だった。
日に焼けてもおらず、うっすらと血管の透けている真っ白な子供の手。
しかし彼らの物言いでは、すでに証というのは出ているらしい?
(いや、でも…ミラエラの手にそんなものあった?)
いつもフリルに溢れたドレスを着ていたので、小さな子供の手の甲なんて埋もれて見えず記憶にもない。
それに、ゲーム中の立ち絵でも
「まぁ、そう考えればあの証なしでも今後に役には立つだろう」
「そうですね。せいぜい今のうちから挫いて使いやすくしておきましょう」
「その点にいてはあの泣くしか脳のない娘は役にたちますねぇ」
「全く。こちらが誘導せずとも姉が孤立するように周囲を誘導していますからな」
血の気が引く音というものが本当にするのだ、と頭の片隅で冷静に感想が浮かぶ。
さっきまではあんなに暑かったのに、今は寒気すら感じて震えていた。
彼らの言っていることを信じるなら、私は…
(そうなるように仕向けられていた?)
そんな未来はお断りだ、と怒鳴り散らしたい衝動に駆られるけれど、喉がひりついて呼吸もままならないし、走り去りたいのに足に力が入らない。
視界が水に歪み今にもこぼれ落ちそうになった時、『エフン』と真横から下手くそな咳払いがした。
「エフン…エヘン、エフ…ゴホっ」
日陰を作り出していた木に寄りかかり、退屈そうに立っていた護衛が
背後の大人たちは一瞬でおしゃべりをやめると、そそくさとその場を離れっていった気配がした。
驚いて横の護衛に目を向けるが、その時にはもう、いつものように退屈そうな顔でぼんやりと立ついつもの護衛スタイルに戻っていた。
「お待たせいたしました殿k…っ!?ルシエラ殿下!!何かあったのですか!?」
ハンカチを濡らしに行っていた侍女が戻き、私の異変に気づきハンカチを放り投げ駆け寄ってくる。
ベンチに座る私に目線を合わせようにしゃがみこんだ彼女は、護衛に向かって攻めるような視線を向けた。
(違うよ。それは冤罪だよ。彼にはむしろ…助けられたのだ)
その後、部屋に戻ろうとしたのに虚脱感からか立ち上がれなくなった私は、相変わらずの虚無顔の護衛に抱えられて、部屋に戻ることになった。
立ち上がれないのを体調不良から、と考えた侍女によりまだ午後の明るいうちからベッドに寝かされてしまったけれど、1人になった頃を見計らって起き上がる。
「ハァぁ〜〜〜…あ〜あ〜」
およそ10歳の子供らしからぬ、深く重いため息だけど勘弁してほしい。だって5年だよ。5年。自分がゲームのキャラクターに転生していると気がついてから、5年。
(どうりで悪い噂が収まらないわけだ)
(想像以上に悪意に満ちた世界だった…)
意地悪しない真っ当な王女のままに、平和な未来を手に入れられないか努力してきた。
けれど頑張っても頑張っても、個人で出来ることなんで高が知れている。
全方位を固められている状況じゃ尚更。もうお手上げ状態だ。
すでに女王として確定してしまっているアホの
国を…何万人という国民を守るためには仕方ないこととはいえ、それなら他でいくらでも人材なんて確保も育成もできただろうに。
たった1人の少女の人格を歪め未来を歪めてまで、『わかりましたお任せください』と言って仕事だけをする人間が欲しかったと言うことか。
(お城で暮らす未来は捨てるべき、かな〜)
それも出来れば、可及的速やかに外で生きてく方法を模索した方が良いかもしれない。
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