第1話 私は悪役王女〜覚醒〜②

 オーバードレスも、下に来ているブラウスも前開きのタイプだったのが幸いした。

 それでも、サイズは子供サイズでもお世辞にも『子供服』とは言えないデザインのドレスは、ボタンが小さくタオルの脱皮以上に脱ぐのに時間がかかる。

 お湯の張った湯船の横でも冷えてくる頃になって、ようやく全てのボタンを外しおえると、今度は何枚も重ねられたスカート下のレースのあれこれを1枚1枚脱ぎ捨てていく。

 ここまで時間をかけて、ようやっとのすっぽんぽんだ。

 手桶もないし家風呂ということで、遠慮なく湯船に浸からせてもらう。

 お湯は適温で冷え切った肌に心地よい。

 ただし、見回してもシャワーがない。

 髪の毛や体を洗った後は、どこで流せば良いのだろう?

 お風呂の正しい入り方がわからないのに、教えてくれそうな人はいまだになく仕方なしにゴリ押しすることに。


 (怒られたら謝ろ…いや、子供を一人で入浴させる大人が悪いな)


 どれが何か不明だけど、シャンプーとボディシャンプーが間違っていませんように!と祈りながら泡立てて髪を洗う。

 特に結い上げられていなかったし、ドレスで手一杯で髪にまで気が回らなかったので気がつかなたったが、相当に髪が長い。

 泡立てた髪を仕方なしに湯船のお湯で流し、今度はトリートメント。

 ボトルの中身が泡立たずトロミがあるのを確認して塗布し、その間にシャンプーとは別の泡立つボトルの中身で体を洗う。

 トリートメントと体の泡を再び湯船で流し、もう少し温まりたかったけれど出る。

 洗い流した後の泡だらけのお湯には入っていたくない。

 出入り口近くのかごにタオルとバスローブと思われるもの見つけ、長くて扱いにくい髪に苦戦しながらも何とか見れる格好になったところで浴室を出る。

 まだ少し湿しめっ気のある素足でペタペタと戻った部屋は、改めて見ると大きくてガランとした印象の部屋だった。

 花柄の壁紙やレースやフリルの装飾がされたカーテンやベッドの天蓋に、可愛らしい家具の意匠から、女児用の部屋なのが辛うじてわかる程度。

 お風呂に入って人心地ついたからか、冷静になった頭の中で理解した。


 (ここまで来れば流石にね…)


 嫌でも理解できてしまう。

 自分はあの事故でやっぱり死んで、ここに来たという事に。

 生まれ変わりか、憑依かは分からないけれど。

 それでも幸いなことはある。

 この手のお話で定番の、覚醒と同時にそれまでの記憶を失い、ここがどんな世界で自分が何者だったのかを忘れてしまう、と言う事象は起こらなかった。

 私には、この子が…この世界の自分が、この歳まで生きてきた記憶が残っていた。


 (まさか王女…それも、ほとんど育児放棄ネグレクト状態)


 ため息を吐きながら自分で引っ張り出した服に着替え、いまだに水気を孕んだ髪を必死にタオルで乾かす。

 少しでも早く乾くように陽の光の当たる窓辺の椅子に座り、ぽんぽんと髪を軽く叩いていると遠くから幼い子供の笑い声が聞こえてくる。

 この窓からは見えないけれど、先ほど丁寧に回収された美少年と少女が再び庭に出て平和に遊び始めたのだろう。

 

 (そう、今度こそ。私抜きで)


 昨日、5歳の誕生日を迎え用意されたお友達の彼とは、今日が初対面だったはず。

 しかし何故か私は初っ端から嫌悪感丸出しの謎の言いがかりをつけられ、さらに何故か妹が意味もなく泣き出して、それも私のせいにされ噴水に突き落とされた。

 周辺は大人で固められていたはずなのに誰も仲裁に入らず、突き落とされた側の私がこの扱い。

 しかし、それにも理由がある。


 (何せ私、悪役王女だからね) 



 ここは乙女ゲームの世界。

 だいぶ昔のゲームだけれど、私がクリアしたのはつい最近だ。

 記憶の中にあるこの体の少女や、美少年とその背後に庇われていた少女の名前。

 その他、5歳の少女が見聞きし覚えてる限りの名称などから導き出した…と言うか、ピンときたのが『女王の薔薇クイーン・オブ・ローゼス』だった。

 

 美少年の背後にいた少女がゲームのヒロインで妹の、ミラエラ・ラ・ローセリアン。

 そして私は、双子の姉で噛ませ犬ポジションの意地悪キャラ。ルシエラ・ラ・ローセリアン。

 私を突き飛ばした金髪美少年は、ゲームのキービジュアルのセンターにいたメインヒーロー。ディウス・グリスウェイン。

 5歳の私は、すぐに癇癪を起こして暴れ、妹や世話係をイジメる。評判の悪い姉王女。しかし、それにも理由がある。

 この姉王女、ゲームの都合で『非常に優秀』と言うざっくりとした設定が付与されているのだけれど、それが子供としてはありえないレベルの知性を発揮し、それが周囲との差異になって、意思の疎通がしにくいのだ。

 それが上手く伝えられないもどかしさが、癇癪になってしまっていた。

 適切な対応ができる医者に診せるのが親の仕事だと思うし、ましてや女王なら権力だってあるだろう。

 国1番の医療を受けさせたり、学術機関に調べさせることだってできたはず。

 しかし、それをされていない理由は5歳の彼女の中には存在していなかった。

 ただただ、疎まれ嫌われている寂しさだけが存在し、すぐ泣いて周囲を味方にする妹への嫌悪が渦巻いていた。

 つまりは、羨ましくて妬ましい。頭は良くても心は当たり前に5歳の少女だった。

 


 いつの間にかうたた寝をしてしまっていたようで、気がつけば陽が傾き始めている。

 窓辺に座っていたおかげか、髪はだいぶ乾いていた。

 子供の声も聞こえなくなっているけれど、この時間までつまりは放置されていたと言うことだ。

 突き飛ばされひっくり返ったのに、怪我の心配もお風呂の手伝いもなし。


 しかし、こんな寂しさも今日までだ!


 なんの因果かこうして大人の自分が目覚めた以上、ここからのことは自己責任!

 きっちりしっかり社会人マナーで完璧な王女になって、ますは5年間を1人で頑張った少女の孤独を払拭しよう。


 「目指せ!脱・悪役王女計画っ!!まずは…ゲームのおさらいだよね」


 自分を奮い立たせるように、小さな握り拳を振り上げながら立ち上がる。

 転生ものあるあるとして、忘れないうちにシナリオとか設定とかキャラクターとかは振り返っておいた方が良い。

 

 「え〜と、まずはタイトル…で、次があらすじ?んで、ヒロインの設定が…」


 チェストを漁って見つけた画用紙とクレヨンぽい画材を見つけ、指折りしながらこの世界のことを振り返っていく。

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