第2話 私は悪役王女〜目標〜①

 女性向け恋愛アドベンチャー『女王の薔薇クイーン・オブ・ローゼス』は、女神の加護を受けた女王が治める「ローザラット王国」にある貴族が通う学園が舞台で、次期女王を決める選定期間とされる最終学年を通しほぼ一本道で進むノベルゲームだ。

 ヒロインはこの国の双子の妹王女、ミラエラ・ラ・ローゼリアン。

 そして噛ませ犬ポジションの意地悪な双子の姉、ルシエラ・ラ・ローゼリアン。

 1年間の学園もの定番イベントを通し攻略対象の好感度を高めていくと、卒業式の日にプロポーズと後継者としての指名をされることになる。

 ゲームのざっくりとしたシナリオはこんな感じ。

 ヒロインはとにかくテンプレ設定で、可愛くて優しくて純粋。天真爛漫でおよそお姫さまらしくないごく普通の少女。

 攻略対象の悩みや苦悩には鋭い洞察力と理解力を発揮するのに、なぜか向けられる好意には鈍感。

 学園での成績は悪くちょいおバカ。ドジっ子で何もないところで転んだり、3年間通っている学園内で迷子になったりする。

 起こるイベントとヒロインのキャラクターと設定に整合性がなく、矛盾も多いシナリオの割にこのゲームの評価が高いのは、このゲームがとある有名シナリオライターのインディーズ時代の作品だからに他ならない。

 このゲームは一般に市販されたコンシューマーゲームではなく、ほぼ無料に近い値段でDLして遊べるフリーゲーム。

 最近になってそのシナリオライターのファンになった私は、とあるSNS投稿からこのゲームを知って、早速、DLダウンロードしてみたのが数ヶ月前。

 仕事や旅行の準備の空いた時間でコツコツ進め、単純なシナリオだと言うのにクリアするのに時間がかかった。

 現在は第一線で活躍している人とはいえ、相当昔の…おそらくは学生の時に作ったのだろうゲームなので、一昔前も二昔も前の少女漫画のテンプレをなぞるようなシナリオは稚拙な部分も目立つ。

 それでも才能の片鱗はすでにあって、『ありきたりのご都合展開w』なんて斜に構えていても、気がついたら夢中になってテキストを追っている、なんて求心力もあった。


 「キャラクターやシナリオ展開はともかく、読ませる文章力は高かったんだよね」


 シナリオがテンプレなら、攻略キャラとして用意されていた男の子たちも言ってしまえば乙女ゲームのテンプレ属性勢揃い。

 ヒロインが王女なので『王子さま』はいなかったが、筆頭公爵の息子がキラキラ王子枠、イヤミ口調でツン気味なメガネ男子の宰相息子、少し野暮ったいがシナリオ進度で変身するインテリ枠の魔術師団長の息子、脳筋だけど素直でまっすぐな犬気質の騎士団長息子、大人の色気過多で実は一途な年上の護衛騎士。そして隠しキャラとして特定条件で登場する、姉王女に雇われた暗殺者。こいつはヤンデレキャラだった。

 キャラのセリフや起こるイベントの全てを思い出せないけれど、別に今は重要じゃない。

 物語が始まるのは10年は先だ。5歳の今には関係ない。

 しかし、蓄積していくであろうエピソードは確実に起こっている。

 ゲームでの姉王女はヒロインに意地悪をして、ワガママばかり、と設定されていた。

 今日の出来事も、姉による意地悪で水をかけられ泣かされたエピソードとして蓄積されるのだろう。

 前後に何があったか、彼らがどんな態度で私に接していたかは全てかき消えて、姉に意地悪で水をかけられたと言う一点が残るのだろう。


 (だって意地悪らしい意地悪なんて、ルシエラはしていないし)


 5歳の私の記憶には、イジメてやろうとして行ったことは1つもないし、第三者の視点から見てもイジメはない。

 そりゃ、加害者の言い分と実際に被害者が受けた精神的苦痛とか受け取った物事は違う、と言われればそれまでだけど。

 少なくとも、姉の持ち物を羨ましがり欲しがったのに対しNOと言うのは意地悪じゃないし、遊びに行きたいと泣くのを『お勉強の時間でしょ』と椅子に座らせたのもイジメにはならないと思う。


 (しかし、結局は泣いたもん勝ちになるのか…)


 少なくとも王女たちのいる場所に監視の目がない、なんてことはありえないので、経緯なんて分かりそうなものなのに、泣いた妹王女ミラエラの肩ばかり持たれるのが今のルシエラの置かれている状況だ。

 まぁ、なぜか妹王女ミラエラばかり溺愛している女王母親の手前、仕えている人間がどうしてもどちらかに偏ってしまうのは分かる。

 それにしても、姉王女わたしに対するフォローが無さすぎやしないか?

 この部屋だってそうだ。

 ドレッサー横のチェストには紙の束やペン、ボロボロの人形、サイコロなどの…相手がいなくても、一人でも時間が潰せるような遊び道具しか入っていない。

 これらは妹の欲しがらないおもちゃだったから、まだ姉王女わたしの手元に残っていたにすぎない。

 いくらでも手に入る使い捨てに近い無骨なデザインの文房具、古びた人形、面白みのない木製のサイコロ。

 どれも妹の欲しがるデザインでもない、汚くて古くて特別感のないアイテム。

 珍しく父がくれた刺繍が綺麗なリボンも、勉強を始めた記念で貰った真っ白なペン軸も、誕生日に貰った花の彫刻の柄のついたヘアブラシも、全部ねだられて持っていかれてしまった。

 リボンは姉妹で違う刺繍だったのを『そっちも欲しい』と持って行き、金細工で装飾されたペン軸は勉強を頑張ったご褒美なのだから、ミラエラも同じように勉強すればもらえたはずだ。ヘアブラシは癇癪起こして自分で投げて壊してしまったのを、泣いて泣いて仕方ないから貸したら戻ってこなかった。

 部屋の外に出ればどこから聞きつけるのか妹が現れ、何もないところで転んでは『お姉様が早く歩くから(だから転んだ)』と泣いて座り込み、それが回り回って『姉王女に転ばされた』『姉王女は黙ってそれを見ていた』に変換される。

 図書室で本を読んでいれば一緒になって読もうと並んで座るが、すぐに飽きて外に行こうと言い出す。それを拒否すれば『一緒に遊んでくれない』と泣く。

 ちなみにこれは『妹王女を冷たく無視している』に変化する。

 結果、女王に溺愛もあって妹王女が泣き出すと面倒なので、メイドたちはだんだんと姉王女のそばには近づかなくなり放置化が進み、ルシエラ《わたし》自身も外に出れば面倒なことになるから、と一人で部屋で落書きしたり、人形相手にお茶会ごっこして1日を過ごしていた。


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