第1話 私は悪役王女〜覚醒〜①
後頭部に痛みを伴った衝撃を受け、意識が浮上する。
同時に水の冷たさも感じて驚き、反射的に目を開けると視界いっぱいの青空と降りかかる水滴。
一瞬前までの自分の状況との違いに、夢なのか現実なのか咄嗟に判別できない。
何せ、本当についさっき意識を失ったばかりなのだ。
旅行からの帰り道。
運悪くハマった渋滞の最後尾で、ミラー越しに迫るトラックに気がついた時にはもう遅かった。
大きな衝撃と思い切り揺らされた脳が酩酊にも似ためまいで一瞬機能を失い、次に感じたのは痛みと息苦しさ。そして熱だった。
『しっかりしろ!』と大きな声をかけられた気がするし、腕を掴まれた気もする。けれど、どれもとても遠い場所の出来事のようで実感は薄かった。
そんなことよりも、息苦しいのと同じくらいに眠かった。
我慢できずに意識を手放し、目を閉じたのと後頭部にまた衝撃を感じたのはほとんど同時だったと思う。
驚きで跳ねた体が、冷たい水の中にいることに気がついて反射的に手足を動かしてもがく。
全身痛くて仕方なかったのに、今は後頭部の痛みほどに強い箇所は体にはない。
それにしたって、気絶した重傷人に水をかけて目を覚めさせるのは、救命的にはどうかと思う。
そう抗議しようと目を開けて視界に飛び込んできたのは、陽光を反射しキラめく降り注ぐ水滴とそれを噴き出している真っ白な大理石の彫刻…の一部だった。
(高速道路で事故ったはずなのに、なぜ?)
そろりと立ち上がって周囲を見れば、そこは美しく整備された庭園だった。
その一角だろうこの噴水の周辺は少し開けていて、休めるようにテーブルセットやベンチが置かれている。
見上げれば豪華な大理石の台座と、掲げ持った
つまり最初に見たのは、この台座の端っこだったと言うわけだし、そんな噴水に寝っ転がっていたのは私が
なぜ、転んで落ちたのではなく、突き落とされたと言う結論になったのかと言うと、答えが目の前に立っていたから。
真正面の噴水の
少年越しにチラチラ見える少女は、ふんわり広がるレースとリボンのドレスを着ている以外は緩く巻いた黒髪の端しか見えない。
それにしてもこの美少年。
美しい金髪に緑の瞳の、まさに『絵本の王子さま』と言う容姿をしている。
その美少年はいまだに顔を真っ赤にして何やら起こっている様子で、大きな声で怒鳴ってくるが混乱しているせいなのか、耳鳴りがうるさくて全く聞こえて来ない。
とりあえず噴水から出ようと
今度は頭から倒れることは免れたが、尻餅をついてまたも水浸しにされてしまった。しかも目の前の美少年は、ずぶ濡れになった私を、さも面白いと言うふうに笑ったのだ。
流石にこれには大人の私だからこそ腹が立った。子供同士なら気がつかなかったであろう相手の表情にある『悪意』に気がつき、単なる子供の無邪気ではなく歴とした加害行動だと判断した。
とはいえ、それでもやはり相手は子供。
やり返しすぎては大人のこちらの方が非難されてしまう。
と言うわけで、私は噴水の水を相手に向かってぶちまけた。
子供らしいささやかな仕返しだ。しかし、思いのほか大量の水が巻き上がり、背後に隠れていた少女も水を被ることになってしまった。
まぁ、少年の小さな体ではそれほどの壁にもなりえなかったのだろう。
少女がへたり込み大きな声で泣き出すと、どこから現れたのか、大勢の大人たちが止めに入ってくる。
駆けつける誰もがコンカフェの従業員みたいな…つまりは、メイドや執事姿なことに改めて疑問が湧く。
(ここはどこ?なんで私、小さいの?)
立ち上がっているはずなのに、目の前の少年とほとんど目線が変わらない。
駆けつけてくる大人が大層大きく見える。
目の前の少年も、泣きべそ描いてる少女もまるで童話の登場人物みたいな格好をしているし、それはおそらく自分自身もだ。
見下ろした先には、水を吸って重くなったスカートがあり、リボンの色などの微細な違いはあれど目の前で泣きじゃくる少女のものとよく似たデザインだと思う。
何より、まじまじと見つめた手のひらがいかにも子供の手で、ぷにぷにと柔らかそうで小さい。
(私…子供??)
全く意味のわからない状況に思考を停止している間に、集まってきたメイドがふわふわの白いタオルで美少年と少女を優しく包み室内に促す。
方や私は、執事姿の若い男に乱暴に腕を掴まれ噴水から引っ張り出されると、やや肌触りの悪いごわつくタオルでグルグル巻きにされ、小脇に抱えられて廊下を爆走。いくつか廊下を曲がって辿り着いた奥まった部屋に放り込まれた。
扱いの違いに激しく抗議したいのに、遅れて来たメイドに2〜3の指示をするとそのまま部屋から出ていってしまう。
残されたメイドは、面倒そうに私の腕を掴んで併設されたバスルームに押し込むと音をたてて扉を閉めてしまう。
浴室と思われる湯気の漂う部屋に、そのまま一人で放置されてしまった。
(はぁぁ〜!?え、放置?放置なの??)
さんざっぱら引っ張られた腕が痛いし、キツく巻かれたタオルは内側から子供の力ではほどきにくい。
しばらくそのまま待ってみたけれど、誰がくる気配はない。
仕方がないので諦めて入浴は一人ですることにして、問題はこのタオルだ。
脱皮するトカゲのようにモゾモゾと動き、なんとか脱ぐことに成功。
もう全力を出し切った感じはするけれど、今度はびしょ濡れのドレスを脱がなきゃならない。
小さな手でドレスのボタンをちまちまと外していく。
せめてもの救いは、ボタンが背中側ではなかったことだった。
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