魔法使いになった元・悪役王女〜30年ぶりに戻ったらヒロインはクーデターで投獄されてました〜

椎楽晶

プロローグ

 かつてこの場所は神聖で荘厳な空気に満ちた玉座の間だった。

 磨き上げられた大理石の床に毛足の長い真っ赤な絨毯が玉座まで続き、等間隔に並んだ柱は白く、緻密で繊細な彫刻が刻まれている。

 上品な色合いの壁紙には同系色で細かに小花の模様が描かれ、芸術の域にまで作り込まれたランプと緻密なタッチの絵画たちがバランスよく配置されていた。

 天窓や大きく作られた窓からの陽光により、室内はとても明るく光で満たされている。

 庭に面した大きな窓には上品なレースのカーテンと重厚な金刺繍のカーテン。昼はレースのカーテンが透かす幻想的な影が部屋を彩り、夜は天鵞絨ビロードのカーテンが外気を遮断しつつ静寂を作り出す。

 そんな広間を見下ろす玉座は重々しく、たとえ空席であってもその目の前では無意識に首を垂れてしまうがあった。

 この玉座に座る女王が…実の母が、私の誇りだった時もあった。

 たとえ私が、疎まれ嫌われた王女だったとしても。

 向けられる視線に含まれるのが、侮蔑と嫌悪であったとしても。

 かけられる言葉が嘲りを含んでいたとしても。

 どれだけ嫌われていても、いつかは私にも微笑みかけ褒めてくれると思っていた。


(…結局、最後までそんな日は来なかったな)


 歴史と威厳に満たされた玉座の間に、今はもう見る影もない。

 激しい戦闘の跡が色濃く残り、どこもかしこもボロボロだ。

 一国を象徴する玉座ですら、その繊細な意匠の所々は欠けてしまっている。

 革張りされた座面も背面も破れているはずの玉座には、座り心地の悪さも気にもしていない顔で青年が悠然と座っている。


 「初めまして、オウジョサマ。何しに来たの?」


 向けてくる笑顔はどことなく胡散臭くやたらと馴れ馴れしい口調なのに、瞳の奥が笑っていない。その温度差に、何か冷たいものが背中を走る感覚がする。

 基本、髪色や瞳の色の色素が薄めの人種が多いこの国で、直系王族だけが例外で黒髪に黒い瞳を有していた。

 玉座の青年はと言うと、銀髪と言うにはやや暗く沈んだ色をしている。おそらく曽祖父母か祖父母に王家出身者がいたのだろう。

 玉座に居座っているくらいなのだから、この年若い青年がクーデターの首謀者に違いなく、つまりそれだけ高位の貴族のはず。

 見た目はとてもそんな強行手段を用いるような…つまりは、武力で黙らせる系のパワー型には遠い優しげな見た目をしている。つまりは、ヒョロくてなよっちい。

 しかし、それは黙って座っているなら、の話なのだと一言交わせば十分に理解できる。

 むき出しの敵意と警戒心を向けられている今は、なおさら。


 (まぁ…それはそうなる)


 意を決したクーデターの翌日に、引き摺り下ろした当代王家の直系がのこのこ現れたのだ。何を企んでのことか疑ってかかるのは仕方ないし、警戒も当たり前。

 それは分かる。分かるけれど…こちとら数十年離れてた実家に、故郷に、久しぶりに来てみたらこんな状況だったんだ。


 (…来るんじゃなかった)


 心の底からそう思った。

 元々折り合いの悪かった実家で、自分の未来を守るためにした出奔。

 王族としての責任とか誇りとか、そんなん知るかと投げ捨てた自分本位な家出なのは十分に理解していた。

 だから、少し見て出ていくだけのつもりだった。

 懐かしい顔に挨拶して、思い出の場所を訪ねてまた出ていくつもりだった。

 その際には、やっぱり居心地の悪い思いをするだろうと予想はしていたが、どうせ遠巻きに嫌味の一つを聞き流せば済む程度だと考えていた。

 そんな生温い状況と程遠い今の状況にはため息しか出ない。

 しん…と静まり返り、誰一人声も出さず衣擦れの音もさせない空間に、私のため息だけが深く大きく響き渡り空気がいっそう冷える。


 「何か…言いたげだな。かつて出来損ないと言われ居場所もなく自分勝手に出て行った王族の面汚しよ」


 歴史は勝者が語るのと同じように、出て行った人間がどんな人物なのか、は残った人間が作り上げる。

 おおよそ想定内の語られ方だけど、この場で逐一修正するのも話が長くなるだろうから面倒臭い。


 (本当にタイミングが悪い)


 別に急ぐ旅でもないから、とダラダラと出発を遅らせていた2〜3日前の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。

 

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