第4話 森の中へ

 ──繰り返される起伏のない毎日に変化を齎したのは、他でもない彼/彼女あなただった。




「なあ、レイ。お前狩りに興味あるんだろ。なら、オレと一緒に森に行こうぜ!」


 お母さんと同じ白色の髪をしたお兄ちゃんはボクにそう言ってきた。

 お兄ちゃんの背丈はボクより頭ひとつ分高くて、腕の太さも僅かだけど確かに違う。お父さんはどっちも同じだと言うけれど、ボクから見れば違うんだ。追いかけっこだって勝てた試しはないし、もちろん力もお兄ちゃんの方がずっと強い。それにこの村の子供達の中ではお兄ちゃんがダントツに運動神経がいい。

 まあ子供の中では年長である分、アドンバンテージはあるけど。


「ボクもしてみたいけど、お母さんに怒られるよね……?」

「一回くらい大丈夫だろ!前もオレが鹿を獲ってきた時、なんだかんだ母ちゃん喜んでたじゃねぇか。だから獲ってさえくれば許してくれるって」

「そうなの?まあ、お父さんもやるなら小さいヤツから始めろって言ってたし。……うん、ボクもやる!」

「流石だぜ、レイ!そうと決まれば早速行くぞ!取り敢えず今日は二人で協力して捕まえるか!」


 ボクの手を引いて外にでるお兄ちゃん。お母さんとお父さんはいつも通りにそれぞれ仕事していて家にはいない。その隙を狙ってお兄ちゃんはボクを連れ出したのだ。


 そうして、村の人達の目を盗んでボク達は森の中へ入り込んだ。


「へへ。村の中で砂遊びしてるよりずっと楽しいだろ?」


 お兄ちゃんは自慢げにそう言う。自分のモノでもないのに、終始誇らしげだった。でも、ボクは見た事のない景色に目を奪われるばかり。


 青々とした木の葉に温かい日の光。遠くには野生動物がちらほら伺え、地面を踏みしめる度にボクの足跡が付いていく事がワクワクしてしょうがなかった。


 突然、ボクの手を引いて前を歩くお兄ちゃんが振り向いたと思ったら人差し指を立てた。ボクはこの意味を知っている。数字のイチ、という意味だ。


「いいか?動物を捕まえるにはコツがいるんだ。まずは自分の体格より小さいヤツを狙う。自分より体格の大きいヤツは捕まえるの大変だろ?だから格下を狙うんだ。でも、オレたちより小さいヤツってなると生まれたての赤ん坊しか狙えなくなっちまう」

「じゃあ、どうするの?」


 ボクの返答を待っていたかのように、お兄ちゃんは次に中指を立てた。これはニ、という意味。


「それはオレたちより体格の大きいヤツを見つけるんだ」

「え、でもそれは大変だってお兄ちゃん言ったよね」

「ああ、大変だ。……一人だとな」


 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべるお兄ちゃん。


「あくまでこれは一人の話。一人じゃなくて、オレたち二人で掛かれば少しぐらい大きい奴でも大丈夫だ」


そして更に、サンを示す薬指を立てて最後のコツを教えてくれた。


「んでもって大事なのはその動物と仲良くなる事だな」

「仲良くなる……?」

「そうだ。アイツらってのは気配に敏感なんだ。捕まえる気満々で向かったらまんまと逃げられちまう。そこで、如何にその気配を無くすかが大事なんだ」

「でもボクたちみたいに話せないよね。どうやって仲良くなるの?」


 すると、お兄ちゃんは手を叩いて笑い出した。思いもよらない返答だったのか、僅かの間辺り一帯に笑い声が木霊する。


「ちがうよ!何も話そうとしなくていい。つまり、敵意を感じ取られないようにするって事だ。わかりやすく言うなら、相手から来てくれるのを待つんだ」

「それで、捕まえられるの?」

「そりゃあもちろん毎回捕まるわけじゃないな。でも、その方法なら無駄に体力を使わないし、デカいヤツが来たらすぐ逃げればいいさ。……よし、もう少し進んだら一旦立ち止まって休憩するか」


 決してボクの手を離さないお兄ちゃんの背中を見ながら歩いていく。

 いつも頼りになるお兄ちゃんで、何かあればお兄ちゃんに言えばなんとかしてくれる。森の中に入る時でも、お兄ちゃんといれば不思議と怖さを感じなかった。


 そうして、獣道を二人きりで歩いている時──


「…………?」


 ボクは遠くにいる、白い女の人を見た。


「ん?どうした、レイ。なんかいたのか?」

「え?ううん。なんでもないよ」


 いつもなら何かあればすぐ言うんだけど、この時だけは何故か言う気にはなれなかった。

 確信はない上に、あまりにもその光景が唐突すぎるからだ。何故この森で一人でいるのか。その理由が一つも推測出来なくて、言ったところで何を言っているんだ、としか返答が来ないのは分かりきっている。

 それに見ちゃいけないモノのような気がして、ソレを言葉にしてしまえば自分でその女の人を見た事をより一層認めてしまうからだ。言わなければ気のせいだと飲み込むことが出来る。


「?まあ、いいけど」


 特にお兄ちゃんはボクを問い詰める事はなく、軽く流して再び歩き出す。その後ろで、さっき女の人が居た方向を再度見るも、その姿は無い。


「やっぱり、気のせい、だよね……」


 そう思うことにして、ボクはお兄ちゃんの背中に視線を戻した。

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