第14話

それから福島君は学校へ来なくなった。


一週間が経ち、河野さんが登校してきても、彼は来なかった。案の定、クラスでは河野さんに対するいじめが始まっている。


僕は夜に何度か福島君のアパートの前まで行った。黒いアスファルトに並べた薔薇の花弁は、風に吹かれたり雨に降られたりしたせいか、あとかたもなくなっている。



猫背気味の影と髪の長い影は大人しくなっている。福島君が家に帰っていないことがなんとなくわかった。


影絵が見られなくなったので、僕も福島君のアパートに行くことをやめていた。


また一週間が過ぎた。河野さんと話すことはなかった。上田君も、あれ以来訊ねてくることは一切なく、僕は顔さえ忘れていた。瀬川さんももういない。


僕は学校の中で、再び影のような存在に戻っていった。


学校が終わり、公園を通り過ぎて家へ帰る。母と会話をし、レンジで温めた夕飯を一人食べる。以前となにも変わらない日常が続いた。


季節は梅雨に入っていた。


ある日、夕飯を食べながらテレビを見ていると、気になるニュースが流れた。


日常的に虐待されていた十四歳の少年が、二週間行方不明になっており、今日、父親と母親を恨んで殺害したというものだ。


二週間、年齢を偽り、偽名を使ってネットカフェで寝泊まりしていたらしい。被害者の名前は福島照夫と福島佐奈という。もちろん、少年の名前は出ない。


短期間であれだけ身長が伸びで体格もよくなっていたから、父親と子供の力関係が一気に逆転したのかもしれない。


僕はニュースを見たあとで、福島君のアパートへ向かった。単純に好奇心からだ。


窓から明かりは見えない。影もない。あの罵声が嘘のように静かで暗い。アパートの周りには野次馬がいて、近くには黄色いテープが貼られている。


マスコミ関係と思われる人たちと、警察官がうろうろしていた。


両親を殺害したのは、多分河野さんのことが引き金になったのだと思う。河野さんがごく普通の子だったら、告白を目標に福島君はどれほど両親を憎んでいてもあのアパートの中で耐えられたのじゃないかと考えられる。その目標を失ってしまったから、歯止めになるものがなくなって、土砂崩れを起こした。


ぎらついていた影は、瀬川さんの時に感じた殺意に似ていたように思う。


「なんてことを……」


聞き覚えのある声が耳に入った。




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