第11話

人間ってわからないものだ。こんな僕でも付き合うなら女の子のほうがいい。


家に這う影を、集中力を高めて見つめる。お兄さんの頭の部分が、ごちゃごちゃに絡まって団子状態になってしまった黒い毛糸のように思えた。前はこんなではなかったのに、今は妄想の塊。プラス歪んだモラル半分。


そうか。母はこのお兄さんが僕に気があることを知っていて、近づけさせまいと敏感になっていたのだ。配達の人を変えてもらい、メールにも一切応じないことで、僕を守ろうとしてくれたのだと思う。


「まさか男性から告白されるとは思っていませんでした。でも残念ながら、僕は異性愛者です」


ドアの隙間から薔薇の花束を差し出してくる。


「分かってる。でもせめて気持ちだけは受け取ってほしい。それで考えてみてくれないか。君に万が一、ガラスのかけらほどでもそうした可能性がないか……」


僕はチェーンを外し、薔薇の花束を受け取った。そうしないと、いつまでも帰ってくれそうになかった。


「いいでしょう。これは僕が貰ったから僕のものです。好きに使っていいですね?」


お兄さんは二度頷いた。


「もちろん好きにして構わない」


「ありがとうございました。僕はこれから出かけます」


花束を持ったまま、玄関を出て鍵をかけた。


「どこへ……あの、さっきから気になっていたんだけど、その怪我は?」 


答えなかった。階段を降りて、夜道を歩く。薔薇が香った。背後からひたひたと足音

が聞こえてくる。お兄さんはストーカーらしく、距離をあけてついてくる。


特に話すこともなかったので放っておいた。あまり危険は感じない。


女の子だったら怖くて縮みあがるのかもしれないけど、一応男だし、考える時間をくれたわけだし、薔薇を持ってきたくらいだから、いきなり刺し殺されることもないだろう。


福島君のアパートの前についた。僕はまた窓が見えるところへ回り込み、立ち止まった。


今日も五号室の窓から明かりが漏れている。カーテンに映し出される影は昨日の倍のスピードで動いていた。猫背気味の影とそれより小さめの、髪の長い影が動き回っている。 


猫背気味の影がカーテンの下のほうに映し出された影を踏みつけている。昨日のように手を振りあげる。今日は柄のついた丸いなにかを持っているようだった。


フライパンだ、と見当がついた。


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