第9話

昨日教室で見た時よりも福島君の影は大きくなっている。


福島君の家のカーテンで見た影は、下のほうにちらちら映っているだけだったので気づけなかった。


「チビの誰かと違って牛乳飲みまくっているから。ってなぁ、どこ見て話してんだよ」


また物が飛んできた。僕は影に目を凝らした。この一週間でかなり伸びた気がする。五センチは伸びて、体格も以前よりしっかりしてきた。


「お父さんは身長何センチあるの」 


「百六十八……高いほうじゃないけど昔、柔道やっていたとかで図体はでかいんだ。そんなこと聞いてどうすんだよ」


「そのうちお父さんを超えるかもしれないね」


この調子だと、あと一週間でまた成長しそうだ。しかも今日の影はいやに光って見える。


「知らねえよそんなの。ところでさ」


福島君は珍しく僕の近くに椅子ごと近づいてきた。


「河野となにを話していたんだよ。バスケ部の奴が見たっていうことは、体育館の裏辺りにいたんだな。朝、二人きりで」


暴力がいつもより大人しいのはそれが聞きたかったからか。可愛いところがある。 


「別に」


「言えよ」


いきなり僕の首を絞めてきた。


「好きなんだね」


言うと怯んで、僕の首から手を放す。


「黙っておけよ。誰かに言ったらただじゃおかないからな」


「あの子はやめておいたほうがいいよ」


いきなり脇腹を蹴り飛ばされて、僕は椅子ごと倒れてしまった。福島君の顔がみるみる赤くなっていく。


「なんでおまえにそんなこと言われなきゃならねえんだよ!」


僕は立ち上がり、椅子を元に戻した。


「彼女や女の子に好かれたいならその暴力的な性格は直したほうがいいよ。でないと、女の子は逃げちゃうよ」


言うと、僕に襲いかかろうとしていた福島君の動きが止まった。


「確かにおまえの言うとおりだ……こんな性格じゃ、女子は逃げちまうな」


「うん」


「でもなんか、おまえに言われると腹立つ。今日で最後にしてやるよ」


鳩尾を肘で打ち込まれた。僕は痛みに呻いた。声だけ大きい男の担任がちらりとこちらを見たが、なにも言ってくることはなかった。


助けは全く期待していない。その必要もなかった。


今日で福島君の暴力はフィナーレだという。そのせいか、六時間目が終わったあと、体育館の裏側でプロレスごっこだのボクシングごっこだの、空手ごっこだったのでこれまで以上に盛大に殴る蹴るを繰り返された。力が前にも増して強くなっている。


正直、福島君のことが全く憎くないわけじゃなかった。ただその炎はごく小さい。


子供の頃に住んでいた町で誰からも相手にされなくなったことを思えば、絶えず襲ってくる体の痛みは苦しいけれど、生きていることを感じられて嬉しさのほうが勝るのである。


福島君の暴力は中学二年の授業を初めて受けた日のように、三時半時から三時間続いた。


本当にこれがフィナーレなら、少し寂しい。

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