第8話
昼休みになって、一人で給食を食べていると、突然声がかかった。
「ねえ、君はいつも一人で食べているの。みんなは机を突き合わせているのに」
知らない顔だ。活発そうな男の子だった。
「向き合って食べるほうが気持ち悪いよ。ところで誰かな」
「四組の上田」
僕の机に手をついてくる。なにか用件があるのだろう。
「俺バスケ部で、朝練やってたんだ。今朝、君が河野といたところ見かけてさ。あいつとは一年の時同じクラスだったんだけど」
福島君が僕を振り返った。僕は口元に人差し指を立てた。
福島君は友達がいないながらも、給食を食べる相手くらいは無理に作っている。
身を守るためだと思う。一人でいると、集団攻撃されやすい。そういう子を何度も見てきた。けれど、学校という枠の中で、僕はなぜか福島君以外の生徒から攻撃されることはなかった。「影が薄い」のか、もうそれすらも通り越して、空気のような存在になっているのかもしれなかった。
「あ、ごめん。まずかった?」
でもとりあえず、ここにも僕の存在に気づいている人がいたみたい。
「手短に言ってもらえると助かるよ」
「だから朝、言いそびれたんだ。よく瀬川さんと公園にいるだろ。七十代くらいのじいさん。帰りにあの公園通るから、君のことは顔だけ知ってたんだ。瀬川さんは俺の家の向かいに住んでる」
「ご近所さんなんだ」
「うん。でもね。朝早く亡くなったよ。昨日の夜、飲酒運転して事故に遭ったみたい。突然のことだからうちも含めて近所みんなびっくりしてる」
なにかが飛んできて頭にぶつかり、床に落ちた。紙くずだった。上田君と同時に振り返ると、給食を食べ終えたらしい福島君が机を直して、また僕のために紙くずを作っているところだった。
「奥さんは? 病気で寝ているんじゃなかったっけ。どうするんだろう」
「俺も詳しいことまでわからないけど。多分家族の誰かが面倒見るんじゃないの」
「生きているんだね」
「なにそれ」
「いや、こっちの話」
再び紙くずが飛んできた。上田君の影は、福島君を露骨に嫌がっていた。
「君、いつも一人で情報源がなそうだから一応伝えておこうと思って。じゃあ」
かかわりたくないのか、足早に教室を出ていく。
「なにおまえ、そのじじいが死んでもなんとも思わないの」
福島君が足を組んで言う。上田君との会話を隅々まで聞いていたらしい。
「そのおじいさん、瀬川さんが言うにはね、世の中うまあく廻ってるんだって。だからこれがあの人の運命なんだ。瀬川さんの人生も、うまく廻っていたんだよ」
僕の読みが正しければ、奥さんは殺されずに済んだのだし。
今度はシャープペンを投げつけられた。
「おまえのそういうところが気に入らないんだよ」
「性格なんだから仕方ないじゃん」
拾ってシャープペンを返した。これでもいつもより大人しいと思う。普段ならもう少し強い暴力が来るはずなのに。そういえば福島君の顔が傷とアザだらけだ。
前からこうだったっけ? 思い返してもわからない。福島君の顔は見ればわかる。
けれど彼の顔を、自分の記憶だけで再現しようとすると、ぼやけていてわからない。
普通の人なら、顔からなにがあったのか判断できるのだと思う。でも僕はできなかっ
た。叫びは顔からでも分かるじゃないか。
本当に僕は、これまで影しか見てこなかったんだなと思う。そうしてまたいつもの癖で視線を下に向ける。
「あれ、身長伸びたんじゃないの」
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