第6話

宿題を終わらせ、片付けをしていたら、午後十時を過ぎた。


地図を取り出して、広げる。前に福島君の住所を聞いたことがある。彼の抱えている問題を突きとめてみたいと思っていたのだ。


僕の家から学校を挟んで対角線上に一キロ。今からでも充分に行ける距離だと考えたので、外に出た。


夜は好きだ。影ばかり見ていると知らないうちに神経を消耗しているので、僕にとってはリラックスタイムになる。


夜の八時九時くらいまでならともかく、中学生が遅い時間帯に出歩くと母はものすごく怒るから、もちろん黙っている。


けれど、十時を過ぎてスーパーへ行ったりコンビニへ行ったりすることはよくある。


お腹がすいて冷蔵庫になにもない時や、学校へ持っていくのに足りないものがあることに気づいたとき。あるいはすり減らした神経を回復させるために散歩することもある。人々が森林に囲まれた場所へ行って癒されるのと同じで、僕は夜の闇に癒される。


福島君の家の前に着いた。僕の家と造りが似たようなアパートだ。立っている位置からだと玄関が並んで見えるだけなので、半周して窓の見える場所に移動した。細道に入ったところで、周囲に人の気配はない。アパートからはさまざまに光が漏れている。


二階の五号室を見上げた。そこが福島君の住んでいる部屋番号だ。カーテンは閉めてあるがかなり薄いもので、目を凝らせば透けて中まで見えそうだった。カーテンの模様が、かろうじて他者の目を遮っている。


人の動く気配がうかがえた。カーテンにふたつの影が映し出される。


食器の割れる音と、誰かの怒鳴り声と笑い声が聞こえてきた。


ふたつの影は入れ替わり立ち替わり、めまぐるしく動いている。多分福島君の両親のものだろう。


猫背気味の影が、手を振りあげる。僕が瞬きしている一瞬にいなくなる。もうひとつの影が拳を作る。


細身で髪が長いのが分かったので、女性。多分母親だろう。猫背気味の影がまたカーテンに登場する。


カーテンの下のほうに、ちらちらとなにかが動いている。福島君の影だ。どうも、ふたつの影はそこへ向かって集中攻撃しているらしい。


まるでスクリーンで影絵を見ているみたいだ。


ぎゃあああああああああああああ。


実際に叫び声は聞こえない。福島君の影から読み取ったのである。


聞こえてくるのは罵声と甲高い笑い声と、なにかを投げつける……あるいは叩きつける物音。


でも福島君の影は叫んでいる。


やめてよやめてよ。なんでもするから許して。お父さん、痛い。お母さんもやめて。


両親の影はいびつな形をして見える。昔、童話の挿絵に描いてあった、羽の生えた悪

魔に似ていた。この状況を心から楽しんでいるようだった。


隣の部屋の人が窓を開けて顔を出した。


四十代くらいの男性。福島君の部屋の様子をうかがおうとしているみたい。でも衝立が邪魔をしている。酷く迷惑そうに部屋へ戻り、ぴしゃりと窓を閉める。


ぎゃ


五号室の電気が消えた。隣の人が様子を見ていたのを両親が察したのかもしれない。

影は消え、なにも読み取れなくなった。破壊音だけが聞こえていた。


用はもうない。僕は帰ることにした。


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