第2話

僕のこの能力は、生きている人間と動植物に限られていた。


無機質なものと死体は範囲外。つまりこのカエルは死んでいるのだ。


笑い声が聞こえてくる。


振り返ると、やっぱり今年から同じクラスになった福島君がニヤニヤと笑いながら立っていた。


「君が殺したのかい」


「裏庭で死んでいたのを見つけたんだよ」


そう言って僕のお尻を意味もなく蹴飛ばしてきた。


その勢いで窓に頭をぶつけてしまった。福島君の笑い声が再び聞こえてくる。


「昼休みにこっそり入れていたのに、石山、お前全然気づかねえの。ニブイねぇ」


「君は僕の鞄をお墓と勘違いしているの」 


「うるせえな」


蹴り上げた足が僕の顎に当たった。酷く暴力的である。


でも僕は福島君が気になる。河野さんと同等なくらいに目立つ影を作るからだ。


漆黒なのである。


彼の影を踏んだらたちまち底なし沼にはまって体が沈みこんでいくんじゃないかというくらい、黒々としている。底なし沼というのはもちろん例えなので、実際に影を踏んでも体が沈むことはない。


「これ埋めに行かないと」


「埋めなくたっていいだろ。ただの死骸だぜ。こうすればいいんだよ」


福島君はカエルの死骸を僕の手から奪い取ると、窓を開けて放り投げた。幸い校庭を歩いている人は少なかったので、誰かに当たることはなかった。


「残酷なことをするね」 


「なーにが残酷だよ、死んでいるんだからカエルだってなにも感じねえだろ。この偽善者。おまえ見てるとムカつくんだよ。なに考えているのかわかんねえし。チビだし。女みてえに色が白いし。キモいからあのカエルみたいに死ね」


そうしてまた僕の顔を殴る。ただの言いがかりだ。


福島君は隣の席で、四月からなにかと手を出してくる。僕だけに。自分より弱そうに見えるからかもしれない。


これは世間一般で言ういじめに入るのだと思う。でも僕はそれを望んでいる。これまでクラスの誰からもスルーされていた僕にとってはありがたいことだった。


何年もの間話し相手がいなかったから、中学一年の終わり頃、僕は本当に生きた人間なのかと教室で一人、悶々と考えていたのだ。


だから話し相手がいて体の痛みを感じられることで、僕の存在は証明されているのである。


影は誰でも基本的に黒いけれど、人により色の強弱はある。濃い色に見える人ほど問題を抱えている。 


なにかあるな、と勘が働く。


「ねえ、君はなにか問題を抱えているんじゃないの……」


動揺したのか福島君の影が一瞬動止まった。


「なにもねえよ、バーカ」


「ならいいんだけどね。帰るよ」


今日も僕の存在は証明されたから、それでいいや。

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