第2話日本最強の殺し屋、スズメバチをゲットする

 都内の西部にある市町村、蛇原市。夕方の自動車行き交う交差点にて。


「……はぁ、どうしよう」


 横断歩道の手前の信号機のところで、殺奈は黒木社長からもらったタバコを咥えながら佇んでいる。


 紫煙を深く吸い込めば、ほろ苦い味が殺奈の心と身体を優しくリフレッシュしてくれる。口から吐き出されたニコチンがストレスを道連れにしてくれる。……でもやっぱりつらい。


「おい、今度は南東部で羽蟲人うちゅうじんが出没したらしいぞ。当直の魔法少女たちが退治したらしいけど」


「うわ、マジか。またこっちに来たりしねえよな?」


 殺奈の近くで突っ立っている二人組の男子高校生が、スマホに映し出されたニュース記事を眺めながらあれこれ言い合う。


 その会話を小耳に挟みつつ、殺奈はタバコを摘んで紫煙を吐き出した。


 ただでさえ生活は苦しいのに、さらに追い討ちをかけられるのは正直つらい。超苦しい。お蕎麦食べたい。


 ダウナーな気持ちのまま火のついたタバコを握り潰し、尻のポケットに突っ込む。続けて、左手側のポケットから引っ張り出したボロボロの巾着袋を目線まで持ち上げ、交通安全と縫われた文字を見つめる。


 この交通安全のお守りは、殺奈の妹が作った代物だ。十年前にもらった誕生日プレゼントなので、ところどころほつれている。けど、殺奈にとってはなにものにも代え難い大切な宝物だ。なので、いまも肌身離さず持ち歩いている。その宝物を握りしめ、殺奈は気持ちを切り替える。


 ……なんとかして新しい働き口を探さなくてはいけない。借金生活から早く抜け出すために、なんとしてでも仕事を見つけてやる。そう思っていたら、


 後方から昆虫の羽音がやかましく聞こえてきた。


 そちらに振り向けば、これまた凶悪なフォルムのスズメバチたちがいた。数は六匹ほど。


「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」


 黄色い悪魔の存在に気づいたキャリアウーマンが、指し示して悲鳴を上げる。波及するように周囲のひとたちに恐怖が広がっていき、蟻の子を散らす勢いで一斉に距離を取り始める。殺虫剤を構える青年の姿も見受けられる。


 いくら攻撃的は昆虫とはいえ、普通ここまで恐怖を発露するだろうか? 時事ニュースにあまり興味を示さない外国人がこの光景を見ていたら、そう思ったかもしれない。


 だが、殺奈は知っている。


 この蛇原市に住んでいるひとたちが、どれだけ『虫』を恐れているかを。


 その怖気の波に感化されたのか、スズメバチの軍勢が男子高校生たちに向かって突進する。


「うわぁぁぁぁ!?」


 一方の男子高校生は絶叫を上げなが

 ら、尻もちをついて後ずさる。もう一方のほうは石像と化している。恐怖で動かずにいるんだろう。


 その光景を眺めていた殺奈は、おもむろにポケットからつまようじを数本取り出し、


「よっと」


 目にも留まらぬ速さでダーツのように一本投げ飛ばし、スズメバチの頭部にピンポイントで射止めた。狙撃されて貫かれたスズメバチは地面に墜落する。


 さっきと同じようにつまようじを一本ずつ投てきし、スズメバチの脳天を一匹ずつ貫通させていく。凄腕のスナイパーも脱帽する腕前だ。


 最後の六匹目の息の根を止めたのち、男子高校生の近くで息絶えたスズメバチたちまで歩く。身体を屈ませてぜんぶ拾う。


「……今晩のおかずにしようかな」


 何気ない風に呟いて、捕らえたばかりのスズメバチたちの亡骸を凝視しながら、本日の夕飯の献立に加えた。


 ……周りのギャラリーは、殺奈のことを化け物だと断言する目で見つめているけど。


 その心の声に知ってか知らずか、殺奈はスズメバチたちの亡骸を握りしめ、青信号に従って横断歩道を渡り歩いて行った。

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