第104話 チタプロ=ゼムリャ#1 鉄道連絡口

山から吹き下ろし谷あいを抜けてゆく風がごうっと吹いて、

雲ひとつない空に枯れ葉を舞い上がらせ、改札口脇の糸檜葉イトヒバの葉をざわめかせた。

風にあおられた帽子を、ファーベルが慌てて押さえる。


山、といっても谷底からの標高差は高々5~60メートルの、しかし丘と呼ぶには急峻な尾根が、赤瓦の駅舎の向こうに青黒くそびえている。

鉄路を丘陵地に引き入れてきた川は、駅の少し先で線路の下をくぐり、源流を求めて山あいに遡ってゆくのだった。


駅前は、オロクシュマ・トワトワトの町とどっこいどっこいの、小ぢんまりとした商店街が形成されており、

2階席に気取ったバルコニーを備えたリンデンバウム料理店、あめ色のガラス窓を透かして古風な内装を見せる喫茶店、べこべこの青いトタン造り、その半ばをツタに覆われたバラックの本屋、といった商店が並ぶ。

しかし、トワトワトと違って穏和な風土のこの土地では、人は寄り固まって暮らそうとはせず、緑濃い丘陵の奥にまで住居は入り込んでいるようだった。


駅前の酒屋で、本日2本目のビールを確保したクリプトメリアに引率されて向かったのは、線路を跨ぐようにして建つモノレールの駅。

谷底の鉄道駅から、山の上にあるチタプロ=ゼムリャ遊園地正門までの2kmキロほどを結んでいる。

もちろん車道も通じてはいるのだが、鉄道駅の名に冠しつつも、駅からは影も形も見えない行楽地に、この一風変わった乗り物で向かうのは、それ自体がアトラクションの一部であるかのような愉快さがあった。


靴音ががんがん響く鉄階段を登り、「鉄道連絡口」改札をくぐると、

トタン屋根に覆われたホームに、懸垂式のモノレール車両が、停車中もうっすらと蒸気機関の煙を吐いて待っていた。

鉄道の車両を半分くらいにしたサイズの車内には、アマリリスたちの他は、小さな子どもを連れた家族連れがちらほら。

窓を向いて車両の真ん中にしつらえられたシートに並んで腰掛けると、ビーッと汽笛を鳴らし、モノレールはゴロゴロと進みはじめた。


もくもくと汽煙の帯を曳き、鉄塔に張り渡されたレールにぶら下がって空中をゆく乗り物からは、

眼下の、なんの変哲もない、しかし長閑のどかで愛すべき郊外の景色が一望できた。


鉄道に沿って走る街道の道沿いは、付かず離れずといった様子で家々が並んでいるが、

それも離れて丘陵に向かいはじめると、小規模な畠や果樹園、雑木林、竹林、溜め池といったものが眺めの主となり、人の住まいはそれらに埋もれて点在するようになる。

丘陵の斜面は自然の樹々に覆われているが、よほど偏屈な人でも住んでいるのか、急勾配の斜面に、山の懐に抱かれるようにして建っている家もある。


モノレールを追いかけるようにして、山肌をうねうねと登ってゆく道には人影も、通行する車両の姿も見えない。

高く枝を伸ばしたものはモノレールの腹を擦りそうに思える山の木々は、豊かな里山の風景であり、原始の森が見せる荒々しさとは無縁の、心休まる茂りを見せている。

古くから人が立ち入って、薪木を取り、あるいは思い思いに苗木を植え、そうして形作られてきた森なのだろう。


だとすると、今は人影を見ないこれらの山野も人間の活動域なわけで、

マグノリア都市圏の境界が見分けられないように、駅前の商店街から森や田畑の丘陵までが、連続したチタプロ=ゼムリャの情景と言えそうだ。


こういうところで育つ子どもは幸せかもね。。

行けども行けども大廈高楼ビルジングのマグノリアではなく、

まして人っっ子ひとりいない、わびしく暗い原生林のトワトワトでもなく。


にわかに視界がひらけ、丘陵の尾根の北に遥か、大河が鋼色の筋を曳いて流れる平原が見渡せるようになった。

それと同時に、観覧車、メリーゴーラウンド、コースター、、そんな現し世の夢の国が眼前に飛び込んでくる。


”ようこそ!子どもの楽園・チタプロ=ゼムリャ遊園地へ”


そう大書きされた横断幕を眺めながら、モノレールは「遊園地口」駅に滑り込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る