第103話 梅の花のダーチャ#2

小春日和、というよりは真の春を彷彿とする、気持ちよく晴れた土曜日。


4人揃っての外出というのは、アマリリスがマグノリアに出てきてはじめてだ。

トワトワトでほんの2・3度、船でオロクシュマに買い出しに行って以来、いやが応にも気分がアガる。

――その最後の記憶では、だったな。

今もアマロックがそばにいるような気がして、本気で周囲を見回してしまった。


”手ぶらで良いような所”を真に受けたアマリリスが、ぺしゃんこのダッフルバッグ一つなのに対し、

ファーベルはキャスターつきのキャリーケース、柄に籐のバスケットをくくりつけたのをごろごろ、扱いづらそうに坂道を下ってくる。

小さめのストローハットに、水色のストライプ柄のワンピース、襟元にはエメラルド色のブローチ、コートがわりに厚手の白いカーディガンを羽織って、

けど、それがなければ、早春というより夏の行楽みたいなスタイル。

かっ、かわいいっ❤ 抱きしめて、頬ずりしたいぐらい。


「ほれほれ、ヘリアンサス君てば。

愛しのファーベルが荷物大変そうよ?

お手伝いしなくていいのかな??」


「おっ、、おう?

ごめん気が利かなくて、僕が持つよ。」


「えっ、大丈夫だから・・・

いいの?ありがとう。」


くぅ、かわいい❤❤❤きゅんきゅんで息切れがしそう。

まったくもぅ、やってらんねえぜと満悦の態でひとりごちながら、アマリリスは一人すたすたと前をゆくクリプトメリアを追いかけた。



寺院の青いドーム屋根を左前方に見ながら、深い掘割を跨ぐアーチ橋を渡ったところが鉄道駅で、

乗り込んだ汽車は、しばらくは堀に沿って西へと向かう。

ノヴァガスチ、ヴァザプルドと並ぶ、マグノリア西方の玄関口であるターミナル駅で私鉄に乗り換えて、鉄路はいよいよ郊外へ。

さぁ今日こそ!”マグノリアの端っこ”を見届けるぞっ、と意気込んで、アマリリスは車窓にかじりついていた。


ノヴァガスチを出てほどなく、駅を取り囲む大廈高楼ビルジングは波が引くように軒を低め、

低層の住宅が両脇を埋め尽くす線路を、汽車は窮屈そうに進んでいく。

それも駅に近づくと再び高層ビルが増え、待避線に停まった普通列車が、アマリリスの乗る速達列車が追い抜いてゆくのを退屈そうに見送る。

そんな沿線風景が延々30分ほど続いた頃から、家々の間に畑や果樹園が見られるようになり、先に行くにつれて割合を増していくようだった。


おお、いよいよか?

高まる期待に汽車の進行方向を見つめるが、駅が近づいてくると沿線は再び街の装いに戻ってしまう。


結局、ファーベルが取り分けてくれたサンドイッチとカットフルーツの皿に気を取られているうちに、

車窓は、うん、もうここはマグノリアじゃないね、という様相に変わっていて、市街と郊外の境界がどこだったか、今日も見極めることはできなかった。


ちなみにバスケットからは、食べ物と皿の他にフォークと、紅茶を入れたポット、人数分のコップまで出てきた。

そりゃ、大荷物になるわけだよ。


「このあたりも変わったのぉ、

昔は一面のナシ畑だったんだがね。

今じゃ建物のほうが多いくらいだな。」


サンドイッチをつまみに、ノヴァガスチで買い込んだビールを名残惜しげに飲み干そうとしているクリプトメリアが、

アマリリスの肩越しに車窓に視線をやって呟いた。


そういうもんか。

今この時もじわりじわりと、都市マグノリアはその領域を拡大スプロールさせていっているのだとしたら、

なおさら境界は決めようがない、今日はここ!って決めても、明日は事情が変わってるということになる。


今日のところはマグノリアの外側、の田園を進むことしばらく、

大きな川を渡ったあたりから、沿線には顕著に起伏が見られるようになり、

鉄路が走る谷あいの、畑や果樹園、ひなびた農家の上に、黒々とした樹々に覆われた丘陵がそびえ立つようになった。


いくぶん山岳鉄道の趣も出てきたあたりで、列車は目的地、チタプロ=ゼムリャの駅に停車した。

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