第101話 パントリー(食料庫)

「あゃ、、じゃがいも、がでちゃた。」


芽が出ただけならそこだけ削り落とせばよいが、いくつかは傷んで、黒い汁が滲み出ている。

ファーベルは木箱の中をあらため、駄目になった食材と、食べられるものを選り分けていった。


キッチン奥の、壁の引っ込みに据え付けられた棚、”食料庫”には、いつもふんだんに食材がある。

ふんだんに・・・少し、買い込みすぎなのよね。

もう、トワトワトじゃないんだから。


冬の間は完全に外界から隔てられ、夏もせいぜい10日に一度しか街には行かれず、それも天候次第では2週間、3週間ぶりになることもある臨海実験所では、

食料をはじめ生活物資の備蓄が尽きないよう、何かと多めに買い込んでおくのが常だった。


都会マグノリアでは、八百屋も肉屋もマーケットも、年中営業の店が徒歩10分圏内にあるわけで、そんな心配は全くいらない。

いらないのだが、ついつい習慣で買いすぎてしまうことも多い。

そして食料庫がいっぱいになっているのを見ると何だかホッとするが、一方でこうして、木箱の底の方では、密かに傷みが進んでムダにしてしまうこともある。

そういうときファーベルは、穀物や野菜に宿る神々に不敬を働いているような、後ろめたい気分を味わうのだった。


傷んだジャガイモはダストシュートに棄て、残りの食材もいったん全部木箱から出して、

腐汁の染みた箱の底を雑巾で拭う。

こうして見るとけっこうばっちいな、野菜クズの干からびたのとか、ホコリが溜まってて・・・

だったら、他の箱も??


気になりはじめるとそのままにしておけず、

果物やら乾物やら、全部で4つある木箱を総ざらいにして、廃棄する食材の選り分けと掃除に手をつけた。


乾物入れ、4箱の中で最も、種々雑多な材料が入り混じった箱からは、

正月の頃にアマリリスがハルヴァを作った時の余りのドライフルーツや、

もっと前、ヘリアンサスの誕生日祝いのときにファーベルが使ったチョコレートや、香草の包みが出てきた。


これは、まだ食べられるな。

でも、箱に仕舞っておいてもこの先ずーーっと使うことなさそうな。

でもでも、まだ食べられるものを捨てるなんて。

仕舞っておいて、1年ぐらいして、もうダメだこりゃ、ってなったら捨てる、、?

捨てるために仕舞っておく???


思考がぐるぐるしてなかなか捗らない作業の佳境に、クリプトメリアが帰ってきた。


「ただい、、おぉ、なんたる。

どうした、一人でマーケットでも始めるつもりかね。」


「え?」


クリプトメリアが目にしたのは、キッチンの床一面に広げられた食材の中央に、

ファーベルがとんび座りでへたり込んでいる構図だった。


「ホントだね、、何してるんだろわたし😹」


甲高い声でカラカラと笑う様子が、クリプトメリアにはどこか痛ましいように映る。


「ぎゃーもうこんな時間1 8 : 5 0

ごめん、急いでしたくするけど、晩ごはんちょと遅くなっちゃう。」


「よいよい、今日は外食にしよう。」


「えー、でも、、」


ファーベルにも師範学校生としての本分があるのだから、今日はと言わず、本来は毎日外食だってよいのだ。

しかしファーベルは渋る。

渋るどころか、普段なら頑として受け入れない。


特別とくべつな日”は特別として、”いつも”は”おうち”で、

バランスの取れた、従ってその分調理に手間のかかる手料理を作って食するべし、と、

父親が言ったわけではない、であれば誰が教育したものか、その方針を崩そうとしない。


しかし今日は迷っているようだ。

それは、逸楽の誘惑にほだされるというより、自分の方針を貫き通すことの困難を察しているように見えた。


「でも、ヘリアン君とアマリリス、まだ帰ってきてないし。。。」


「よいよい、書き置きをしておけば後から来るだろう。

すぐそこの燕雀亭にしようか。」


結局ファーベルが折れ、2人でキッチンを片付けたあと、坂道を挟んで向かいにある食堂に向かった。

珍しく父親らしい配慮ができたことに、クリプトメリアは上機嫌だったが、

ファーベルはひとり、少し悲しげで、落ち込んだ様子をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る