第100話 イイズナくんふたたび#2
誘われるがままに、庁舎地下の職員用食堂に入ったものの、
この年齢の少年が、こんないい年したおっさんと食事を共にしたがるのは異例のことに思え、
こんないい年したおっさんと食事をしたもう一人――つまり彼の姉との一件に何か関係があるのかと、
気まずいような、ばつが悪いような居心地でいたルピナスだったが、そういうわけではないらしかった。
「ねぇちゃ、、姉は、図書館でちゃんと仕事してるんすかね?
きっと皆さんに迷惑かけまくりですよね、すみません!本人のかわりに弟が土下座します🙇」
「いやいや、何でww。
すごく頑張ってらっしゃいますよ、意外と――失礼、仕事デキる人だって、評判です。」
「ウソでしょ!?
それ、本当にウチの姉ですか??」
「ええ、間違いありません。
私は部署が違うんで、直接仕事でご一緒することは少ないんですが、
そう、先日もどこかの学校から依頼のあった選書のことでご相談に見えました。
私が助言のしようもないくらい、熱心によく調べられていましてね。」
「へぇ~~(x3)、あのちゃらんぽらん姉ちゃんがねぇ。。
職場では、変われば変わるもんなんすかね。
家ではヒドイもんっすよ、何べん言って聞かせても、下着みたいなカッコでその辺歩きまわって・・・」
ヘリアンサス少年は、運ばれてきたカツレツに手を付けるのも忘れて、
彼が知る姉の様子を話し、彼の知らない職場での姉の様子を聞きたがる。
安堵するとともに、微笑ましく思えたルピナスはつい口を滑らせた。
「ヘリアンサス君は、本当にお姉さんのことが大好きなんですねぇ。」
その瞬間、終始朗らかだった少年の表情に、焦燥と、怒りにも似た色が差す。
憤慨というよりは、隠していた傷に無遠慮に触れられた、というような表情だった。
「すみません、余計なことを言いました。取り消します。」
こんどはルピナスが頭を下げる番だった。
「いえいえ、そんなことは、、
でも、心配ではあるんですよね、今でも。
今はああしてちゃらんぽらんにしてますけど、
その家族もみんな死んじゃって、とどめに
だから無理もないんですけど、一時期、すごく病んじゃってた時があったんです、あの人。
けどトワトワトで、ある時から急にけろっとして立ち直って、ホントよかったけど何だったんだろうアレ、っていうのがずっとあって。
なんかまた、思いもよらないきっかけでああなっちゃったらどうしよう、って。
すんません、ドン引きな話で。
こんなこと話した、って姉に言わないでくださいね。
引き金になって、思い出させちゃうかも知れないから。」
「わかりました、絶対に言いません。」
ルピナスは急き込んで、固く宣誓した。
”ああなっちゃったらどうしよう”のところで初めてヘリアンサスは声を震わせた。
それも呼び水になって、ルピナスは極度の衝撃と動揺の中にいた。
ウィスタリア出身ということで、きっと戦争がきっかけでラフレシアに疎開してきたのだろう、ぐらいに漠然と想像していた。
それがこんな思いもよらい――いや、想像して然るべきだった、壮絶な体験をして今のアマリリスがあるとは。
ああ本当に俺はなんてことを、
そんな不幸を味わった少女に対して、勝手に疎遠にしているとはいえ、郷里の父母も年の離れた弟妹たちも、誰一人欠けることなく健在にしているこの俺が、なんてちっぽけな悩みをくどくどと聞かせたことだろう。
その認識を、アマリリスは否定したことだろうが、ルピナスは今すぐ井戸に頭から突っ込んで自分を消し去りたいほどの恥辱にまみれ、しばらく打ちひしがれていた。
――それにしても、この少年は。
ヘリアンサスが動揺を見せたのは、姉の心傷に話が及んだその一時だけで、彼自身のものでもあるはずの苦悩の過去を、それ自体は淡々と語ってみせた。
芯から姉を慕う弟とはそういうものなのだろう、
苦悩が苦悩たり得ないほどに、彼は姉のことを心配し、幸せを願い、彼女への思慕が心を占有しているのだ。
「あーもう
今日はありがとうございました、今度またゆっくり、姉の様子聞かせてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。」
慌ててカツレツを掻き込みながら尋ねるヘリアンサスに、
この姉弟の幸いのために、自分にできることなら何でもしてやりたいと思うようになっていたルピナスは力を込めて答え、
食堂の出口で別れを交わして州庁府庁舎をあとにした。
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