小春日和の恒日
第98話 3Kの州庁府
このあいだ年が明けた、と思っていたら暦は早2月も半ば。
まだコートは手放せない時候だが、今日はよく晴れて、ヴヌートリ=クルーガの官庁街にもうららかな陽射しが注いでいた。
世界諸国の標準からすれば、とりわけ温暖というわけでもないマグノリアであるが、
広大な国土のほとんどを覆う、ラフレシアの冬の
雪もほとんど降らなければ海も凍結しないこの街は、ある意味異質な温和として映る。
郷里イソトマはまだまだ冷凍庫の世界だろうが、
こういう日が続くと、マグノリアで今年初めの花を見るのも間近だろうかと思える。
高々と聳える軒から注ぐ陽光の眩しさに目を細めながら、円柱の並ぶ重厚なエントランスをくぐって、ルピナスは極東州庁府の庁舎に入っていった。
本日は、雇用関係の統計白書の編纂に関する打ち合わせだ。
こちらの”お客さん”は、年がら年中、常に忙しい。
横暴というわけではないが、人づかいが荒い。
みな仕事熱心で、熱心ゆえに言うことが頻々と変わる。
自分たちの忙しさに協働者を巻き込もうとするかのように、無理難題を持ちかけてくる。
というように
悲しいかな、そういう物件に慣れたルピナスが主に担当しているのだった。
阿鼻叫喚の怒声、は言い過ぎでも、それに近しく耳に届く声が飛び交う窓口・執務エリアを通り、
フロアの一隅の打ち合わせスペースに着くや、往訪の相手方はさっそく本題を切り出してきた。
「草稿、拝読しました・ありがとうございましたっ!
で・ここのパラグラフなんですけどねっ、この間出した助成制度が、もぉっと数字(雇用統計)を押し上げた、
っていうストーリーに持ってきたいわけですよ
なんかいいアイディアないですかねぇ??」
度の強い黒縁メガネを掛けた小太りの相手は、ここまで一気にまくし立て、言い切りざまに身を乗り出してくる。
ルピナスは熱風のような圧をさらりといなし、そうですねぇ、、と呟いて一考した後に答えた。
「都市部では一定効果があった、と言うことは出来ると思います。
制度を活用した起業の事例もいくつかありますし、そこをアピールするのがいいかも知れません。
けれども地方では、制度自体の認知度がまだまだなのと、
やはり産業の構造が違いますからね、新しい制度を取り込むのは時間がかかるんだと思いますよ。」
「うーーんそれじゃぁっ、
せっかく分けて頂いたのにすみませんだけどっ、1コにしちゃって全州に効果がありました的な見せ方にするかなぁ、
どうせ地方全部の数字を合わせたって、マグノリアの半分にもならないわけですし?」
「どうでしょう、僕だったらそういう小手先のことはやりませんね。
むしろ、地方での効果がイマイチだったってことをはっきり認めて、
こういう制度に対応していく機敏さを育成するのが課題だ、という方向にしたほうが筋も通るし、
制度の良さもクリアになってくると思いますよ。」
反対意見を述べたり、相手のアイディアの欠陥を指摘するのは未だに勇気がいる。
気後れを、今では職業人としての自分を制御できるようになったルピナスは冷静に押し切る。
真剣勝負で挑んでくる相手に対して、迎合したり議論から逃げようとするのは一番の悪手だ。
不興を買い、議論を紛糾させてでも、自分の主張を明確にするのがお互いにとって有意義な結論に到る近道なのだ。
果たして、打ち合わせは概ねルピナスの提案した方向でまとまり、では第2稿をお待ちしてますっ!
と話を締めた相手は、打ち合わせ中は手をつけなかったコーヒーを飲み干すまでの束の間、
趣味だという釣りのことで、ルピナスに雑談を持ちかけてきた。
「今の時分だとね、大洋駅の真ん前の岸壁で、イサキのでっかいのがよくかかるんですよ。
この前も登庁前、真っ暗なうちから始発に乗って出かけるわけですが・・・」
あまり興味のないルピナスは、そちらには適当に相槌を打ちながら、
打ち合わせ中からちょくちょく気になっていたものを、目で追っていた。
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